特別寄稿 新型コロナウイルス関連の誤診を防ぐには?  PDF

順天堂大学総合診療科学講座 助教  宮上 泰樹

 新型コロナウイルスの感染状況が改善したとして緊急事態宣言が解除されたものの、今冬には第6波の襲来も懸念されている。そのような状況下で、発熱等の典型的な症状を訴える患者に対して、新型コロナウイルスではないかと危惧するあまり、結果的に誤診や診断の遅れへと繋がるケースが生じている。そこで、コロナ禍に潜む診断エラーを回避するための具体的な対策等について、順天堂大学総合診療科学講座の宮上泰樹氏に寄稿いただいた。

 新型コロナウイルス(COVID-19)は、2020年初旬から発行時現在に至るまで継続している新規流行疾患である。我々が同疾患と対峙した2年間で、当初は見えない敵に怯え、感染力の高さが判明した際には、まず何よりも「COVID-19を除外しなくては」という感情が先立ち、常にCOVID-19を最初の鑑別に挙げてしまったりなどCOVID-19に振り回されてきたように思える。このように普段と異なる状況や環境の場合、プレッシャーや、ケア負担が増えることで診断エラーは起こりやすくなる 1、2)。
 少し診断エラーについて解説をする。診断エラーは、「患者の健康問題について正確かつタイミングよく解釈できなかったり、その解釈を患者に説明しなかったこと」と定義される 3)。例えば、絞扼感のある胸痛で救急車で来院した生活習慣病が背景にある60歳代の患者に、心筋梗塞を鑑別せずに心電図検査を施行せず、例え鑑別に挙げたとしても心電図検査を施行したのが受診から3時間経過した後で、結果心筋梗塞だったというのが診断エラーとなる。通常ならこのような患者で心筋梗塞を疑うのは難しくないが、様々な要因が関与することで診断エラーに至ると言われている(図1)。
 診断エラーの頻度は、初診外来セッティングで5%程度 4)発生する。つまり、20人初診の患者を診察すると1人エラーを起こす可能性があり、比較的一般的な事象と言える。さらに診断エラーは一度起きると、米国の死亡原因の第3位(医療関連エラー:診断以外の患者取り間違えや処方間違いなどのエラーも含む)に挙げられているように、患者予後にも影響する 5)。また、本邦の医師が関連した医療訴訟のうち39・3%に診断エラーが関与し、特に初期診断で「急性上気道炎、胃腸炎、検査で異常ないため問題なし」としたものはより訴訟に転じる可能性が高かったと報告されている 6)。また、医療訴訟に関連した医師は、不要な検査が増え(42%)、保守的になる傾向(93%)があり、その後の診療に消極的になるという報告 7)もある。エラーを減らす努力は大前提として大切だが、エラーを起こしたとしても被害を最小限に食い止め、医療訴訟に至らないようにすることも大切である。そこで今回は、COVID-19流行下で起きやすいエラーとその対策について記載する。
 COVID-19と診断エラーの関連について、Journal of Hospital medicineで報告されている 8)。その中で、代表的なものとして、①COVID-19の見逃し②COVID-19を疑いすぎることによるエラー③COVID-19流行によるエラーが挙げられる。
 ①COVID-19の見逃しについては、COVID-19に典型的な症状(発熱、上気道症状、味覚・嗅覚異常)、非典型的な症状が挙げられる。
 典型的な症状の場合、COVID-19を疑うことはできてもCOVID-19のPCR検査の感度を信頼しすぎるあまりに、COVID-19を安易に否定してしまうエラーがある。もちろん過度に疑いすぎる必要はないが、検査の不確実性を患者に伝え症状増悪時の来院を促すことが大切である。
 また典型的な症状であっても喘息や肺気腫や心不全などの呼吸器系の基礎疾患がある場合には、いつもと同じ症状なのか、疾患の増悪として説明がつくか否か、問診や身体診察で照らし合わせる必要がある。
 非典型的な症状の場合、下痢や嘔吐など感染性胃腸炎を想起する症状であったり、ワクチン接種後のブレイクスルー感染の場合はそもそも疑うことが難しくなる。この場合に関しては感染対策上の問題でPCR検査の閾値を下げてしまうことは、ある程度やむを得ないと考える。繰り返しになるが、ここでも検査の不確実性を患者に伝え症状増悪時の来院を促すことが大切である。
 ②COVID-19を疑いすぎることで生じるエラーは、何でもかんでもCOVID-19が鑑別最上位に挙がってしまい、そのほかの疾患を考えられなくなる現象(COVID-Blindness)が挙げられる。小生もCOVID-Blindnessによる菌血症治療の遅れを調査したところ、非流行下と比較して流行下では約80分菌血症治療が遅れていたことを報告した 9)。これ以外にも、無菌性髄膜炎の診断の遅れや、亜急性甲状腺炎の診断の遅れなどが報告されている 10、11)。これらを防ぐ方法はいくつかあり、一つは、診断フレームによる見逃してはいけない疾患のリスト化が大切であり、雛形をここに作成した(表1)。患者層(小児科や専門性の高い疾患での診療時)に応じて、これを元に適宜追加してもらえるとありがたい。もう一つは、新規の診断病名を確定させる前に、30秒でもいいので冷静に診療経過を振り返った上で診断を確定させる。そこで自身が下した診断と経過が合わないことがあったら、患者を診察室に再度呼び入れ問診や身体診察をし直すことが大切である。
 ③COVID-19流行によるエラーに関しては、COVID-19流行による受診控えとPPE装着などによる診療制限が挙げられる。
 COVID-19による受診控えに関連する報告として、COVID-19流行に伴い、急性期疾患による入院患者数の減少 12)、また急性心筋梗塞の予後の悪化や院外心停止の割合も増加しているという報告もある 13)。慢性疾患においても、健診を控えたりすることで、悪性腫瘍の診断数が減った 14)と報告されている。これ以外にも、糖尿病や高血圧など生活習慣病患者などもCOVID-19に感染することを恐れ受診を控える影響が出てきていることが予想される。対策として、予約日に受診せずその後数週間受診しなかった患者(特に疾患コントロール不良な患者)への電話連絡や電話再診、必要に応じて遠隔診療や訪問診療と連携することなどが必要と考える。

 PPE装着などによる診療制限に関しては、我々医師にとって最大の武器である問診や身体診察においても制限がかかってしまう環境での診療が要求される。これに関しては、近年Health ITが進歩してきており、ベースの問診としてAI問診を参考(あくまでも参考程度とし、普段よりも臨床経過を深く疑うことが重要である)にしたり、呼吸数や心拍数の測定が出来るツール(Google fit)や直接身体に触れなくても聴診できる聴診器などが出てきている。(Nexstetho■)これらを臨機応変に使用することが重要である。
 このようにCOVID-19により様々な場面でのエラーが生じうる。全体的に大切なこととして、忙しい時こそなるべく丁寧に患者を診療するよう心掛け、日頃から自身のエラーを振り返り、自身が起こしやすい診断エラーのパターンを知り回避する必要がある。
 最後にCOVID-19により医療者は変化に応じて迅速かつ適切な対応が求められる。それによる、燃え尽きやストレス増加は避けて通れないと思われる。近年、診断エラーを減らす方法としてコメディカルも含めチームで振り返ることが重要と言われており、施設全体でどうしたらよいか、施設の管理者はスタッフが相談しやすい環境を作り、こまめに短時間のミーティング設定を行うことも重要であると考える。

経歴
2011年
 獨協医科大学卒業後、順天堂大学病院で初期研修、順天堂大学総合診療科学講座に入局。
2017年
 順天堂大学大学院卒業。
2018-2021年
 日本病院総合診療学会内の診断エラーワーキンググループ共同代表を務める。
代表書籍は『診断エラー学のすすめ』。

図1

患者受診

患者要因

医師要因

環境要因

システム要因

診断エラー

怒り
不機嫌
医療不信

経験不足
不安
疲労

引継ぎ患者
シフト終盤

診断ツールなし
(MRIなど)

表1 COVID-19流行下に見逃してはいけない疾患リスト

呼吸困難症状から
心筋梗塞、肺塞栓、肺炎、気管支喘息発作、COPD急性増悪

肺炎像から
細菌性肺炎(特に非定型)、結核、ニューモシスチス肺炎、薬剤性肺炎

発熱・頭痛から
細菌性・無菌性髄膜炎、側頭動脈炎

嘔吐・腹痛から
消化管・胆道系感染症、心筋梗塞、大動脈解離、消化管穿孔

味覚・嗅覚障害から
側頭動脈炎、脳梗塞、甲状腺機能低下症、シェーグレン症候群、亜鉛欠乏症

咽頭痛から
急性扁桃炎(扁桃周囲膿瘍)、亜急性甲状腺炎、咽後膿瘍、伝染性単核球症

疾患頻度が稀な疾患
大中小血管炎、IgG4関連疾患、サルコイドーシス、成人Still病、Behcet病

1) Hardeep Singh,et al. NEJM. 2015;373(26):2493-5.
2) Oliveira AC,et al. Rev Esc Enferm USP. 2016 Jul-Aug;50(4):683-694.
3) National Academies of Sciences EaM. Improving Diagnosis in Health Care. 2015.
4) Singh H,et al. BMJ quality & safety 2014;23:727-31.
5) Makary MA,et al. BMJ. 2016 May 3;353:i2139.
6) Watari T,et al. PLoS One. 2020 Aug 3;15(8):e0237145.
7) Studdert DM,et al. Jama 2005;293:2609-17.
8) Gandhi TK,et al. J Hosp Med. 2020 Jun;15(6):363-366.
9) Miyagami T,et al. 2021 Jan 19;8(3):327-332.
10) Harada T,et al. Eur J Case Rep Intern Med. 2020 Oct 23;7(11):001940.
11) 福井早矢人 日経メディカル 診断エラー学のすすめ どこかで起きていてもおかしくないエラー症例 Case No.8
12) Baum et al. Jama 2020;324:96-9.
13) Baldi et al. NEJM 2020;383:496-8
14) Ferrara G,et al. Am J Clin Pathol. 2021 Jan 4;155(1):64-68.

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