あやめ法律事務所
松尾 美幸 弁護士
Q、厚労省からの「応招義務」の通知には、患者の迷惑行為により信頼関係が喪失している場合には診療を行わないことが正当化されるとの記載があります。何かにつけて文句を言い、こちらの説明に耳を傾けず暴言や不当要求などの迷惑行為を繰り返す患者に対して、実際に診療を拒否したい時はどのような手順を踏めばいいですか。
A、(1)一般論
厚生労働省医政局長通知(2019年12月25日医発1225第4号)は、迷惑行為の有無を問わず、また、緊急対応の要否を問わず、①診療時間(勤務時間)外である場合や②医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関での医療提供の可能性(医療の代替可能性)等の事情を総合的に勘案しつつ事実上診療が不可能と言える場合には診療拒否できるとしています。
なお、緊急性が無い場合、②は緩やかに解されます。
設問事例が①や②に該当する場合は、これらを理由として診療拒否すると比較的円滑に拒否できると思います。
(2)信頼関係が破壊したことを理由とする場合
さらに通知は、緊急対応が不要な場合に限り、患者と医療機関との信頼関係を考慮して診療を拒否できる場合があるとしています。
ちなみに、平成24年9月19日付大阪高等裁判所判決は、「単なる信頼関係の破壊だけでは十分でなく、患者が医療機関の業務を妨害したり、医療機関に対して不当な要求をするなどの事由が必要であり、また、診療契約の解除によって患者の病状が悪化するおそれがある場合でないことも要する」として、医療機関が慢性期の患者に対して診療を拒否した行為を違法ではないと判断しています。
(3)注意点
裁判になると、診療を拒否できる事情は医療機関側が立証しなくてはなりません。
ですから、医療機関は、診療拒否をする前に、必ず、当該患者がいつ、どこで、どのような迷惑行為をどれくらい行い、その結果どのように診療行為が妨害されたか等を逐一カルテや業務日誌等に記録し、保存しておいて下さい。
また、医療機関が暴言等だと受け止めたとしても、いざ紛争化すると、その発言のみが取り上げられることはなく、前後の経緯等から総合的に検討される等して、結果、患者として許される範囲の発言に過ぎないと判断されてしまう可能性は否定できません。
緊急対応が不要な患者に対して、信頼関係が破壊されたことを理由に拒否する場合には、過去の患者の具体的発言もしくは行動等の記録を見て、その発言が客観的に見ても暴言等に当たるかどうかも含めて慎重に正当性を検討してから拒否しなくてはなりません。
お悩みの事例があれば診療を拒否される前に、ぜひ協会にご相談下さい。