医師が選んだ医事紛争事例 138  PDF

脳血管内手術後にランス ・アダムス症候群

(40歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は頭痛のため本件医療機関を受診し、両側椎骨動脈解離性脳動脈瘤と診断された。その約1カ月後に自宅で歩行不能となりタクシーで来院し、両側椎骨動脈解離性脳動脈瘤および左小脳梗塞と診断され、即日入院となった。さらにその1カ月後に全身麻酔下で脳血管内治療を受けた。術後、麻酔を継続させ気管内挿管をしたまま輸送用人工呼吸器(パラパック)を使用した。この時点では、パラパックは正常に作動していることが確認されていたが、バイタルサインに関わるモニターの併用はしていなかった。その後、アンギオ室からMRI室に患者を移動させる際、MRI室では点滴用のシリンジポンプが持ち込めないために、鎮静剤・筋弛緩剤の注入装置をいったん取り外し、パラパックにはMRI室内用の酸素ボンベに接続して、約10分でMRIを終了した。しかし、その15分後に、患者の呼吸に異常が認められ、パラパックのアラームが鳴った。顔面にチアノーゼを認め頸動脈はわずかに触知できる程度で、ただちに心臓マッサージとアンビューバッグで換気呼吸を開始した。その結果、数秒で心拍が再開し、昇圧剤を投与して血圧も安定した。ただし、瞳孔は散大し対光反射も鈍かった。術後4日後再度MRIを施行した結果、脳梗塞・出血は認められず、明らかな低酸素脳症の所見もなかった。そこで、脳保護療法を中止し覚醒のために静脈麻酔薬の投与を中止したところ、全身の痙攣が生じたので、抗痙攣剤が投与された。その後にランス・アダムス症候群(無酸素脳症回復後に手足を動かそうと考えるだけで素早い不規則なミオクローヌスが起こる)を併発したものと診断された。
 患者側は、弁護士会に対して医療ADR(裁判外紛争解決)を申し立て、医療機関側もそれに同意した。
 医療機関は、MRI後の心肺停止の原因を、気管内挿管中で鎮静剤・筋弛緩剤の影響が残っている状況で、自発呼吸が十分にできない条件で生じた換気不全によるものと考えた。蘇生措置で早期に心拍が再開したことから、心筋梗塞や脳梗塞は否定的である。換気不全の原因としては、パラパックの作動不良によるものか、合併症によるものか、何らかの過失によるものかは判断がつかなかった。なお、術後のMRIの適応はあったと主張した。
 紛争発生から解決まで約2年5カ月間要した。
〈問題点〉
 パラパックの使用書には、モニター併用と明確に記載されていることから、警報機能付きモニターを設置していなかったことは大きな問題となろう。モニターを設置していれば今回の事故は起こらなかったはずとも想定された。また、合併症や患者の素因によるものの可能性としては極めて低いと評価された。パラパックのアラームが遅かった可能性もあり得たであろうが、医療機器製造輸入販売業者は注意事項を記載した説明書を添付しており、医療機関としては事前に検討しておくことが必要となる。使用上の注意の不実施では、事故時には医療機関側に過誤が認められやすい。
〈結果〉
 医療ADRで患者側請求額の約3分の1で示談した。

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