医師が選んだ医事紛争事例 134  PDF

痰が詰まり細菌性肺炎を発症して死亡

(80歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は肺炎のため他院からの紹介を経て本件医療機関に入院となった。入院から3日後、患者は転倒して右大腿骨転子部を骨折。受傷1週間後に整形外科へ転科した。
 全身状態が悪く、貧血が高度で上部消化管出血を疑い、内視鏡検査を実施。食道の白斑像がみえ培養して真菌が検出された。貧血の改善のため手術前に輸血等を行い大腿骨観血的整復術が実施された。
 その後リハビリも順調に進み、回復の様子が窺われた。しかし、約2週間後に下痢を発症し、その3日後頃から徐々に状態が悪化した。さらに、下痢発症2週間後には口唇や四肢にチアノーゼが出現し、呼吸停止となったため人工呼吸器を装着したが、装着1週間後に死亡した。
 患者側の主張は以下の通りである。
 ①大腿骨骨折後、肺炎に対する治療に遅延はなかったか
 ②痰が詰まりやすい状態で危険は予見できたのに何故予防できなかったのか
 ③救急処置は遅延なく適切に施行されたのか
 ④2時間ごとの訪室時に痰を採らないこともあったなど、痰の管理が不適切ではなかったか
 ⑤第三者に判断してもらいたい。
 医療機関側としては、転倒や肺炎の再発に関して適切な医療を実施したので、医療過誤は認められない。
 ただし、事前に患者家族に転倒・骨折事故の危険性を予測しての説明が十分でなかったのも事実であるとした。
 紛争発生から解決まで約3年間要した。
〈問題点〉
 以下に本件のポイントと医療機関側の見解を挙げる。
 ①大腿骨の骨折があり、臥床状態が持続すると就下性肺炎の発症や増悪がみられるので、可及的早期に観血的整復固定術を行い、離床・歩行へのリハビリを実施して、その防止・改善を要したものである。手術後、全身状態は良好となった。
 ②大腿骨転子骨折以降、手術実施に至るころまでに肺炎の状態は改善していた。全身状態が不良とは、低栄養状態と貧血であり、輸血等によって補正してその後に手術を実施した。
 手術施行により、結果的に早期の離床がはかれ、肺炎の状態も軽快化が促進された。リハビリも順調に進み、術後の管理にも問題はなかったものである。
 ③下痢の原因は肺炎治療のための抗生剤の投与やカンジダに対しての抗真菌剤の投与による偽膜性腸炎の可能性が高い。したがって5日後には抗生剤等の投与を中止して、その2日後から8日後の間に下痢は軽快した。
 ④下痢をきっかけに誤嚥性肺炎をおこし、軽快してきていた肺炎が再度悪化したものと判断した。状態の悪化については、家族にはそのつど説明をした。
 ⑤CT上肺炎は悪化しているが、人工呼吸器を装着したり、気管切開するまでの状態ではなく、痰は多いものの、吸引することで呼吸状態は落ち着いていた。
 ⑥口唇等にチアノーゼが出現し呼吸が浅くなり、それらに対する治療を即刻開始したものであり、適正に加療した。病棟管理上は、巡回している際に状態を観察し、状態悪化時には適正に対応処置をしている。2時間ごとに巡回を行い、その際には患者の状態を観察し、必要に応じて吸引を実施した。
 今回の病態経過は、肺炎および大腿骨観血的整復固定術の術後の経過は順調であったが、その後の下痢をきっかけに誤嚥性肺炎を起こし、急速に肺炎が悪化した結果によるもので、この一連の経過において、医療行為は適切に行われ、医療過誤はなかったと考えられる。ただ、下痢発症以降の状態の悪化を家族に十分に説明・報告ができていたかについてはカルテ記載がなく、医療機関側もその点は反省している。しかし、その説明の有無によって患者の予後や治療行為の選択に影響があったとは言えず、説明・報告義務違反まではないと判断された。
〈結果〉
 協会も、医療機関のみならず患者とも面談して、根気よく医療過誤が認められないことを説明した結果、患者からのクレームが途絶えて久しくなったので、立ち消え解決とした。

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