診察室 よもやま話 第12回 飯田 泰啓(相楽) がん登録  PDF

 一年が巡るのは早い。初霜が降りたかと思っていると、すでに十二月もなかばである。数年前からは医師会のがん登録は我々のような診療所とは縁のないものとなった。しかし、それまでは年末恒例の作業として、がん登録を兼ねて、その年にかかわったがん患者さんの整理をしていた。わたしの診療所で年間に発見するがん症例は十例にも満たないが、手術などで紹介した後どうなっているのかが気になるからである。田舎のことだから、ご本人が受診されていなくても家族の方が来られた時にお伺いして、その後の様子の分かることも多い。また地元の病院でお世話になった患者さんは治療終了後も、診療所の外来で経過を診ていることが多い。
 しかし、がんを見つけたものの、あとの様子のわからない患者さんもおられる。
 数年前のことを思い出す。その年の一月に胃カメラをしたTさんが行方不明であった。Tさんは高血圧のある方で、職場が、この町にあった関係で通院されていた。数年前から、胃が痛むというので胃薬をお出ししていた。胃薬を飲んでいると調子が良いとの事で、胃の検査を勧めるのだが、なかなか検査をさせてもらえなかったのを覚えている。
 「去年の忘年会は堪えました。暮れから胃が痛くて、正月は散々でした」
 「そろそろ、胃の検査をしたらどうですか」
 「そうですね。でも、この間のバリウム検査でどうもなかったから」
 「この間といっても、人間ドックはもう三年位前でしょ。あれから検査したのですか」
 「……」
 どうも、調子が良くならないと見えて二日後に、またお見えになった。
 「いよいよ観念しました。胃カメラをして下さい」
 「ついに胃カメラをする気になりましたか。じゃあ予約しましょう」
 「今日して下さい。朝食は食べていません。その気になったときを逃すと検査しないかも知れません」
 いやはや、困ったものである。そこは、小回りのきく診療所である。少し待っていただいて胃カメラをした。
 胃体上部から中部に立派な三型進行胃がんがあるではないか。こんなときにはまずネタふりをすることにしている。
 「いやあ、大きな潰瘍があります。手術をしなければなりませんよ」
 「……」
 「細胞の検査をしておきますね。細胞の検査は一週間ほどかかりますからね。でもきっと手術が必要ですよ」
 それから丁度一週間して電話があった。
 「あれから、もう一度自宅の近くで胃カメラをしました。そしたらやはり手術が必要だと言われました。ところで細胞の検査はどうでしたか」
 「やはり、手術した方がよいと出ていました」
 「そうですか。長い間、放りっぱなしでしまったことをしました。こちらで病院を紹介してもらいます」
 その年のがん患者さんの見なおしをしていて急にTさんのことが気になりだした。
 気になりついでにTさんに電話した。
 「Tさんのお宅ですか。Tさんは、おられますか」
 「わたくしですが」
 ほっとする瞬間である。
 「よかった。その後どうされているかと思って」
 「あの時はお世話になりました。あれから、手術をして随分長く入院していましたが、すっかり元気になりました」
 今年も胃カメラでみつけた早期胃がん、超音波検査で見つけた小さなポリープ状の膀胱がん、風邪の診察でたまたま見つけた小さな甲状腺がんがあった。患者さんには悪いが、こんな早期がんを見つけるとなにか自慢したくなる。
 その反面、長い間、肩が痛いとおっしゃっていた患者さんで肋骨に浸潤した肺がんがあったこと、C型慢性肝炎で一年ぶりに来られた患者さんに肝臓がんが見つかったのも今年であった。こんな患者さんに出くわすと、どうしてもう少し早く検査ができなかったのかと悔やんでしまう。

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