医師が選んだ医事紛争事例 108 術後敗血症における和解例  PDF

(70歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 この患者は、肝転移を伴う進行S状結腸がんの穿孔のために入院した。全身状態は安定しており、腹膜炎も限局していた。患者には心疾患の既往があるため、担当医は緊急手術のリスクを考慮して、責任者にも相談の上、保存的に治療を行うことにしたが、翌日に腹膜炎が進行したため、緊急にS状結腸切除・人工肛門増設を行いドレナージを施行した。術後は急性腎不全・敗血症から集中治療を行い、経口摂取が可能となるまでに回復したが、鼠径ヘルニア嚢内に膿瘍を認め、鼠径部の切除によるドレナージを施行し、ヘルニア嚢内を洗浄した。しかし、ヘルニア嚢内に小腸が入り穿孔をきたしたため、穿孔部縫合閉鎖・ドレナージ等を施行した。その際、使用したドレナージチューブは、ゴム製のネラトンであった。
 しかし、腎不全・敗血症が悪化し、その後DICを合併して、CHDF(持続血液透析濾過法)や人工呼吸器などで集中治療を継続したが改善せず、患者側が別の医療機関への転院を希望したので、転院した。患者は、転院先で敗血症・DICで死亡した。
 遺族側は、入院当日に手術をしなかったことを医療過誤として訴訟を申し立てた。
 医療機関側は、患者の病態と全身状態から総合的に判断して、当初は待機的手術を予定した。また、入院の翌日に腹膜炎が拡がり、緊急手術をしたことには問題なく、術後経過も良好であった。しかし、小腸穿孔という不測の事態が発生し、その結果不幸な転帰をとった。この一連の経緯は予測不能であり、したがって、医療過誤を明確に指摘されるものではないと判断した。
〈問題点〉
 遺族が医療過誤と訴えている保存的治療、すなわち手術の遅延については、死因と直接関係がないと考えられる。死因との関係では、むしろ小腸がヘルニア嚢内に入り穿孔をきたしたことである。医療機関は、穿孔原因はドレナージチューブによる圧迫であろうとの見解を示したが、それを証明づけることはできなかった。
 紛争発生から解決まで約1年8カ月間要した。
〈結果〉
 当初、医療機関側は賠償責任まではないと主張していたが、裁判所から和解勧告があり、それに従い和解金を支払い終結した。なお、和解金は患者側請求額の約75%であり、和解金額としては、緊急手術が翌日になったことと、推測される死亡原因との因果関係を評価すれば、比較的高額であったとも言える。

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