研究者のコメント 患者を適切な社会資源に繋げる役割に期待  PDF

新井 康友(佛教大学社会福祉学部准教授)

 今回の調査結果である「社会的支援が必要と考えられる患者の実例」を見ると、「貧困」「独居」「老老介護」「DV、虐待、ネグレクト」「認知症(疑いも含む)」「ゴミ屋敷」「経済的理由による治療・投薬の拒否・中断」「社会的支援が必要な子ども(成人)と親」などの特徴が患者にあった。つまり、生活問題(社会問題)を抱えている患者であり、いわゆる「多問題家族」が多数存在していることが浮き彫りになった。
 「最近、社会的支援が必要と考えられる患者に接したことがありますか」の問いに対し、約半数の医師が「ある」と回答した。そして、約9割の医師が「増えている」もしくは「一定数は常にある」と回答した。今後ますます低所得世帯・高齢単身世帯・高齢夫婦世帯の増加や、家族や地域住民の関係性の希薄化により、社会的支援が必要な患者が増加することは容易に想像できる。つまり、医師は社会的支援が必要な患者を診療する機会がさらに増えると言える。
 社会的支援が必要な患者が自ら行政機関へ相談することは期待しにくい。調査結果から、医師は診療行為を通して、患者に社会的支援が必要だと気付いたり、患者から相談を受けている者が多かった。今回、回答者の約9割が「診療所」に所属している医師であった。特にかかりつけ医は患者に一目置かれる存在であり、身近な相談相手だろう。
 しかし、診療行為の一環で、医師が患者の生活問題(社会問題)を解決するには限界がある。医師が患者の生活問題(社会問題)を解決するのではなく、医師には患者を適切な社会資源(相談機関など)に繋げるワンストップ機能の役割を担っていただきたい。しかし、医師が繋ぐ先の社会資源自体が脆弱である。そのため、社会的支援が必要な患者の生活実態を知り得る医師には、患者が地域で安心して暮らし続けるために必要な政策提言を積極的にしていただきたい。

社会的支援が必要と考えられる患者さんの実例

医師の年齢等 実例の一部(→はつないだ先)
1 50代 診療所 ▼経済的事由による中断、検査・投薬の拒否▼独居者の認知症進行による生活困難▼介護困難のためのネグレクト▼ゴミ屋敷→区役所、地域包括、介護事業所・ケアマネ
2 60代 診療所 ▼80代男性、アルコール依存症と思われるが深夜に来て救急車を呼べと大声で強迫。保険証なし▼初診の80代女性、進行した悪性疾患が疑われるが、複雑な理由で検査拒否▼40代男性、中等症以上の気管支喘息だが、無保険、区役所に相談に本人が行ったがだめだった▼認知症がひどいが、家族と喧嘩して孤立している80代女性→市役所、介護事業所・ケアマネ、その他
3 70以上 診療所 年代は主に10歳前後、中学生の不登校、学校での人との関わり方、子どもと親との関わり方→児童相談所、心療内科
4 60代 診療所 若年妊婦で経済的支援の必要な症例がよくある。家庭内DVやデートDVの症例も時々いる。特に人工妊娠中絶希望の患者に多い→保健所、児童相談所、京都SARA
5 60代 病院 貧困、孤立、虐待(ネグレクト)、すべて日常的に接している→介護事業所・ケアマネ
6 70以上 診療所 喘息患者(40歳代男性)が粉塵の多い現場で仕事をしている。雇用先には健康管理の仕組みがない→話をもっていく先がないとの患者さんの訴え
7 70以上 診療所 ▼80代女性(当院で以前から高血圧等で受診されていたが、その後認知症を発症)と50代後半の男性(不眠症で受診)の親子で貧困世帯▼80代女性で独居だった患者は認知症が進行して包括支援センターに連絡したケースが2例ある→地域包括、介護事業所・ケアマネ、民生委員、法テラス
8 50代 診療所 貧困な独居老人で社会的支援を言えば拒否する姿勢の方→地域包括
9 50代 診療所 ▼家族全員が知的・精神・身体障害を抱えており、問題が複雑化しているケース(福祉事務所が関与)▼精神障害または認知症で独居のケース(ケアマネに相談)→区役所、介護事業所・ケアマネ
10 50代 診療所 40代息子が脳梗塞で寝たきり状態になり60代の両親が自宅で介護し、3時間ごとの喀痰吸引が必要となった。そのストレスを90代母親への虐待で発散するように→地域包括、介護事業所・ケアマネ
11 30代 診療所 孤立、ADL低下、医療機関に受診しない、自宅がゴミであふれている。独り暮らし、特に高齢の方が、歳をとって生活が成立しなくなってくる方が多いように思う。在宅医療を介して安定させている→どちらかというと、最終的にこちらにつながれることが多い
12 50代 診療所 ▼子に虐待をうけている(誰にも言うなと言われ、介入困難)▼発達障害の方で社会的孤立→地域包括、地域障害者生活支援センター
13 50代 診療所 独居で何ら支援を受けていない80代の方。本人は腰の痛みで通院。しかし、社会生活が一人では不可能。息子は非協力的→介護事業所・ケアマネ
14 50代 診療所 80前後の夫婦。夫はアルコール依存症+認知症。妻はアルツハイマー型認知症。同居の次男に何らかの精神障害あり。夫と次男の派手なケンカで警察沙汰で発覚。夫婦とも中程度の認知症あるも車を運転。夫は免許期限切れ。次男は両親に病院受診をすすめないなど→市役所、社協、地域包括
15 60代 診療所 ▼家族がいながら介護保険申請してもらえず、ネグレクトされている80代女性▼足腰が思うように動かないのに、独居を余儀なくされている高齢男性(介護申請を勧めました)→地域包括
16 60代 診療所 70代女性、脳梗塞で片麻痺、在宅療養中。娘が発達障害で収入が少ないと思われる→市役所・役場、介護事業所・ケアマネ
17 70以上 診療所 80代の夫婦二人暮らし、夫が認知症、介護していた妻が入院で介護困難→介護事業所・ケアマネ、社協
18 60代 病院 80代、男女問わず高齢世帯、家人が遠方のため定期受診は介助をしてくれるが、臨時受診できず本来外来診療ですむはずが入院となり、ADL低下、介護度悪化。タクシー台数少なく通院に使えず、同様に車所有者もいない→医療機関から送迎、往診しないかぎり対応不能
19 50代 診療所 ▼80代女性、夫は死去、長男はがん末期。知的障害の次男による激しいDVを受けている。本人は高度認知症あり▼70代女性、本人は全盲。夫からのDVが激しく、うつ病、認知症。状況がエスカレートして危険なため特養に措置入所→地域包括、介護事業所・ケアマネ
20 40代 診療所 40代女性、身体障害あり、仕事できないので親と同居。親から言葉によるハラスメント。パニックになっても救急車を呼ばない。行政、警察に相談するも生活保護も受けられず、そのまま同居。精神科には親が他界しないと不眠は治らないと言われ、眠剤処方を続けている→全て自分で相談したが、どこも受け入れ不可であった
21 50代 診療所 ▼夫の介護で疲れており、介護保険で援助のあることを指摘した▼まだまだ公的な扶助システムを知らない人が多いのではないだろうか。また、恥ずかしさもあり相談できない人は日本人の性質上おられると思う→介護事業所・ケアマネ
22 40代 診療所 糖尿病合併症で下肢切断、失明で独居で在宅医療。そもそも独居は無理があった→介護事業所・ケアマネ、地域包括
23 70以上 診療所 ①貧困+知的障害②ネグレクト③発達障害、一人でも複数の問題を併せ持つことが多い。そもそもそういった視点がなければ今の小児科は成立しない→市役所、児童相談所
24 60代 診療所 片麻痺(脳出血、脳梗塞後等)、認知症のため1人で通院できない、交通手段がない(タクシーではお金がかかりすぎる)→市役所、介護事業所・ケアマネ
25 50代 診療所 老夫婦二人暮らしで年金が少なくて下水道設備などの分担金が払えない。生保になるにも車が手放せない(車がないと生活できないが認知症もある)→市役所で話を聞いて、障害認定を受けて医療費を減らして障害年金をもらおうと相談に
26 50代 病院 精神科の特性上、受診される方のほとんどが社会的支援を必要とされます→区役所、保健所、社協、地域包括、介護事業所・ケアマネ、地域障害者生活支援センター、民生委員
27 70以上 病院 80代の男2人、女1人→本院のMSWを介して無料低額制度の案内
28 30代 保健所 小児、就学前20例、就学後10例ほど。ほぼ全員、発達障害、知的障害、医療的ケア関連。虐待が関与(重複)しているケースも一部あり→市役所、保健所、児相、療育施設、教育(学校・教育委員会)、相談支援事業所

(1面からの続き)

「相談どこに?」

 要望等には44人から意見が寄せられた。「事例に遭遇した場合、どこに相談したらいいのか」「気づいていないだけかもしれない」といった意見が最も多く、次に「深入りできない」といったものや、役所の対応への不満、ケアマネへの不信、患者・家族の非協力についての意見があった。具体的対応についても、地域での声掛けや見廻り隊などの活動や勉強会、キーパーソンの育成など、「サポートが入ると驚くほど生活が安定する場合が多い」「社会的支援が必要な人ほど、進行・末期がんで発見されることが多く、検診などで役所が定期的に把握する必要」といった意見があった。(次号付録に相談機関等一覧を掲載予定)

潜在化したニーズを掴む

 こうした背景について、日本学術会議の提言「社会的つながりが弱い人への支援のあり方について(2018年9月)」によると、「家族、職場、地域の社会構造の変化によってもたらされており、今後ますます深刻化する」とし、「本人の自助努力で解決することは困難であり、社会の責任において取り組む課題である」とする。また、措置制度から利用契約制度への転換により、「行政の責任が福祉サービスの提供基盤の整備に留まり、どのように福祉サービスを利用して問題を解決するかは当事者に委ねられ」たが、「社会的つながりの弱い人の多くは自尊感情が低下し、自ら主体的にサービスを利用して問題を解決することができない」場合もあるため、「行政や福祉専門職の積極的な関与が必要」だとする。さらに、「社会福祉の制度利用を、個人の意欲の欠如や怠惰など道徳的な問題とみなす社会的な風潮がある中では、当事者は声をあげにくい状況に置かれ」、ニーズを掴むこと自体に困難が伴うとされる。今調査は、その潜在化したニーズを開業医が日常診療の中において掴み、適切な相談・支援機関につなぐ一端を担っているという現状が浮き彫りにされたといえるだろう。
 なお、地区ごとの回答率は、与謝・北丹が34%と最も高く、舞鶴27%、下東25%、綾部24%、福知山と相楽が20%、宇治久世、亀岡・船井、左京、右京が13%、伏見、中西が12%、中東が11%、綴喜10%、乙訓、西京、山科が9%、北・上東・西陣7%、東山5%と続く。所属別では、診療所が90%、病院が9%、保健所0・3%であった。

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