病気はよくないものだ、できるだけ早く治したい。それが当然だと医療関係者のほとんどは考えているだろう。
ところが、「病気になってよかった」と語り合い、七夕飾りの願いごとの短冊に「病気が治りませんように」と書く人たちがいる。
北海道の日高地方にある精神障害者の生活・活動拠点「浦河べてるの家」。精神保健福祉の世界ではとても有名な所で、筆者はメンバーやスタッフが本州に来たときに何度か接していたが、9月にようやく初めて現地を訪れた。
浦河赤十字病院のソーシャルワーカーだった向谷地生良さんが軸になり、1980年代に入院経験者たちが教会に共同で住み、昆布を袋に詰める請負作業を始めた。やがて「昆布も売ります。病気も売ります」をうたい文句に、「精神病で町づくり」をアピールするようになった。
現在は社会福祉法人。昆布のほかイチゴ加工、製めん、グッズの製造販売などを行う就労継続支援B型の事業所やカフェ店舗、共同住居、グループホームなどを持ち、100人以上が利用している。
見学者が年間に延べ約2500人も訪れ、その面でも地域経済に貢献している。
障害者福祉事業を多角的に展開する法人は今では全国に数多くあるが、べてるがユニークなのは、精神障害を肯定する発想と、実生活の中で編み出した多彩な方法論だ。
毎年7月には「幻覚&妄想大会」を催す。その年にいちばん面白い症状や行動のあった人がグランプリを得る。
ふだんは「三度の飯よりミーティング」。朝の集まりでそれぞれの体調、気分を伝え、作業が終わった後にもよかったこと、苦労したこと、さらによくすることを出し合う。
作業をする時は「手を動かすより口を動かせ」と言い、「安心してサボれる職場づくり」のために各人が「弱さの情報公開」をする。
近年力を入れているのは「当事者研究」のミーティングだ。自分の困りごとを説明し、どんなときにどうなるかパターンを分析して、参加者と一緒に対処法を話し合う。
「幻聴さん」と仲よくする。大事なのは「苦労を取り戻す」ことで、悩みや苦労に出会ったら「それで順調!」。
価値観の転換がいっぱいある。関西弁で言うなら「いちびり」だらけだが、それらの言葉の意味は深い。言葉が持つ力の大きさ、人間同士の語り合いの力を実感する。
利用者の多くは通院や服薬をしているが、彼らを支えているのは医療ではない。
精神科医療の主流は今も、早く治そうとして入院させ、閉じ込める、薬をのませる、さらに薬を増やす、それからリハビリに力を入れる。
だが、病気であることを否定的に見て力で抑えようとするやり方が、本人の暮らしや人生をよくするのか。むしろ治そうとするから病状もよくならないのではないか。
医療の限界を含め、考えさせられる訪問だった。
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筆者は9月末に読売新聞大阪本社を定年退職しました。コラム名を変え、ジャーナリスト・ソーシャルワーカー・研究者として連載を続けます。
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