不良な医療結果では不平が生じる。患者・遺族は、今後どうなるかと「不安」で、医師・医療従事者に失敗されたかと「不信」に陥り、高い料金を支払ったのに悪い結果では「不満」だとなる▼では、良好な医療とは何か? これらから「不」を取ればよい。不安には「安心の医療」を、不信には「信頼の医療」を、不満には「満足の医療」を実行することである。しかし、結果不良では満足なく、悪いままを受容できるとなれば「納得の医療」となろう。ただ、これらは、あまりに主観的、抽象的で、つかみどころがない▼行為者側からは、もう少し客観的・具体的でありたい。さしずめ安心には「安全の医療」を、信頼には一定以上の知識・技能で診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準を満足する「安定の医療」を、安定的に提供できることであろう。結果が悪くても、たまたま併発症や偶発症だったからと納得できるには、そんなふうに医療行為が良好・誠実に実施されていたとの記録・証拠が必要で、「証拠のある医療」とでもなろう。さらに、医療が実施される前から、患者本人には、納得して医療を受ける選択・決定をしてもらう必要がある。それには、生老病死の限界を含め気休めや偽りのない事前の説明が重要である▼心に平安をもたらす、「平等なる医療」の継続的供給が求められる。(卯蛍)
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