医師が選んだ医事紛争事例 99  PDF

椅子から転げて腰椎圧迫骨折

(70歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者が耳の痒み等で来院。初診だった。患者は認知症もなく、付き添いなしで独歩で来院した。鼓膜マッサージのために着席したが、マッサージ器が汚れていたため、スタッフが隣の席に移動を求めたところ、患者は移動先の椅子から滑り落ちるように落下した。なお、移動した先の椅子も同じパイプ製の丸椅子だった。
 患者が臀部の打撲痛を訴えたため、ベッドで安静にしてもらい、医師はその間に下肢運動や可動域に制限のないことを確認した。約1時間後には軽度の腰部痛はあるものの、当初の痛みは和らいだため徒歩で帰宅した。医師は患者に悪化傾向があれば整形外科受診をするようにと勧めていたこともあり、同日にA医療機関を受診し第3・4腰椎圧迫骨折(第4は陳旧性)と診断された。
 患者側は、義理の息子が中心となって、患者に移動を命じたのは医療機関のスタッフであり、その結果として転倒・骨折となったので、管理責任があると主張した。ただし、具体的な賠償請求はなかった。
 医療機関側は、初診の患者であり、70歳代の高齢者であることを考慮すれば椅子移動の際に介助等の適切な誘導が必要だったかもしれない。しかしながら、患者に認知症等の症状は認められず、患者も椅子に座る際に自ら注意すべきであったと考えた。
 紛争発生から解決まで約2年6カ月間要した。
〈問題点〉
 以下の点を確認し、特に問題は認められなかったため、賠償責任までは問えないと考えられた。
 ①患者は高齢者であったが、認知症もなく自らの移動に困難も認められない。来院時も介助なく受診している②院内の明るさは十分であった③パイプ椅子は不安定なものでなかった④床はクッションフロアで特に滑りやすい材質ではない⑤患者はスリッパに履き替えていたが、スリッパに問題は認められない―。
 以上のことから、患者が転倒することは予見不能であったと言えよう。義理の息子が代理人のような立場であったが、意思疎通が可能な患者に対しては、患者本人と対応すべきである。
 なお、椅子からの転倒では、今回に限らずパイプ椅子によるものが多いので、医療機関は椅子を購入する際には、注意した方がよい。また、回転する椅子も事故が多発している。このような椅子に患者を座らせると診察はしやすいだろうが、医療機関側としてはさらに注意する必要がある。
〈結果〉
 事故発生から1~2カ月後には、義理の息子に賠償責任までは負えないとの結論を伝えたところ、クレームが止まった。その後、再度のクレームや賠償請求がなかったため、立ち消え解決とみなした。

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