丹後半島心の原風景 辻 俊明(西陣) 第10話  PDF

丹後地域と人々に感謝

 小川、里山、雑木林、蝉の声、昆虫取り、海水浴など誰の心にも懐かしいイメージが原風景として宿っている。このようなイメージとリンクして幼少期に楽しい体験があると、イメージ自体がその後の人生に良い影響を及ぼすことがある。たとえば期せずして困難に出会ったときでも、これらの風景イメージにたちかえることにより、困難を乗り越えようとする力が湧いてくるなどである。丹後の四季は、忘れかけていた心の原風景を思いおこさせてくれるものであった。コンクリートとアスファルトに囲まれただけの生活では、決してこうはならないだろう。
 丹後の人々の多くは自然に囲まれ、そのリズムを身近に感じながら、つましいなかでも心豊かに暮らしている。京都市生まれ育ちの私にとって、そういう生き方はとても新鮮であった。彼らは多くを所有することではなく、日々の暮らしの中に喜びを見つけ、それを積み重ねることに幸せを見出そうとしているようであった。日々の暮らし自体が幸せなら、何かが得られても得られなくても幸せでいられる。1を2に増やすのではなく、0から1の幸せを生み出す感性であり、その感性を磨けば本質的な幸福に至ることができる。ただしそうであるためには、自然のリズムに沿った生き方をしていることが重要であるのは言うまでもない。
 一人ひとりに与えられる環境・境遇はある意味摂理によって決まり、その意図は自然のリズムとして我々に迫ってくる。そのリズムに素直に耳を傾け、忠実かつ真摯であることは美徳であり、喜びであり、我々の責務である。いずれの地域、社会であってもそのような姿勢を貫く生き方は、本物だけが持つ美しさを放つ。ひとたびその美しさを認識してしまうと、他の価値は重要ではなくなる。
 私は以前、与謝の海病院(現北部医療センター)に2年間勤務していた。そして時々伊根診療所や久美浜病院にも赴いた。この間多くの患者さんを診療したけれども、正確に言うなら、私が患者さんを治療したのではなく、私がこの地とここの人々によって癒されたのであった。その時以後、何らかの形で恩返しをしたいと思っていたところ、今回保険医新聞連載の機会を与えてもらったので思いを書かせていただいた。これがささやかでも丹後の地および人々に対して恩返しになるのなら、この上なく嬉しい。ここまで連載に付き合っていただいた方々には深く感謝申し上げます。(完)

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