シリーズ 環境問題を考える  PDF

ゲノム編集と種子法廃止

 ゲノム編集はCRISPR―Cas9(クリスパーキャスナイン)という技術が2013年に登場して、容易に目的とする遺伝子を壊すことができるようになりました。クリスパーキャスナインは、特定の遺伝子への案内役(ガイドRNA)と遺伝子を壊すハサミの役割を持った酵素を組み合わせたものです。さらに、導入したい遺伝子をプラスミド(自然界に存在する環状のDNA)に挿入して改編するという技術で、これまでの遺伝子組み換え技術と比較すると、その精度は大きく向上しています。しかし、目的の遺伝子以外に標的配列に似た配列で意図せずDNAを切断し変異を起こす場合もあります。これをオフターゲット変異といい、思わぬ結果をもたらす可能性があります。
 さまざまな生物に応用され、例えばミオスタチン遺伝子という筋肉量を制御する遺伝子を壊すことで、筋肉量の制御をなくし、成長を早く、より大きくする魚や家畜が誕生しています。しかし、それはその生命体にとって「奇形」を作ることにほかなりません。作物ではスルホニルウレア(SU)系の除草剤をまいても枯れないナタネ、トランス脂肪酸を含まない大豆、変色しないマッシュルーム、有毒なソラニンを減らしたジャガイモ、繊維分を増やした小麦などが開発されています。家畜では、肉量の多い牛や豚、感染症に強い豚、角を持たないホルスタイン牛などがあります。遺伝子治療でもゲノム編集技術が使われていて、「生体内遺伝子治療」と「生体外遺伝子治療」との二つのタイプがあります。遺伝子治療は、正常型遺伝子を組み込んだウイルスベクタープラスミドDNAなどを直接あるいは間接的に投与します。しかし、必ずしも研究者の想定通りにはならないし、オフターゲット変異もあります。どんなに配慮しても、人体への介入にはリスクがあります。現在、厳しい臨床試験の末、販売が承認された遺伝子治療剤はたった七つにしか過ぎません。生殖医療では、2015年、世界初のゲノム編集を使ったヒト受精卵の遺伝子改変、いわゆる「デザイナー・ベビー」の論文が中国の中山大学グループから報告され、生命倫理の問題を抱える大きな衝撃を世界に与えました。
 ゲノム編集で開発が進んでいるのが操作作物・食品です。遺伝子組み換え作物を開発したモンサント社などの多国籍企業は、その開発力で世界の種子市場を独占してきました。その多国籍企業の合併や買収が相次ぎ、ドイツの化学メーカーバイエル社が米国モンサントと、中国化工集団公司がスイスに本拠を置くシンジェンタ社と、米デュポン社と米ダウ・ケミカル社が経営統合し、資産100億ドルを超える三つの巨大企業が種子・アグリビジネスで、世界規模の寡占状態を形成することになりました。
 このメガ合併とともに遺伝子組み換え技術に取って代わるゲノム編集で、特許権争いが熾烈になっています。特許を制するものが種子を支配し、種子を制するものが食料を支配します。日本は残念ながら、昨年4月「種子法」廃止を国会で決定しました。種子法は、稲や小麦、大豆など主要穀物の優良な種子の生産について国と都道府県の責任を定めた法律で、民間企業の投資意欲を阻害するという理由で廃止されました。近い将来、種子を握る多国籍企業が日本の農業を支配し、現在38%の食料自給率がさらに低下し、食料危機に陥る日が来ないことを祈るばかりです。
(環境対策委員 山本 昭郎)

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