医師が選んだ医事紛争事例 88  PDF

死亡に至った誤嚥性肺炎

(30歳代後半男性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は強度の自閉症で、2年前の入院時から肺の形成不全があり、過去2回のバリウムによる誤嚥歴があった。基礎疾患として、閉塞性細気管支炎があり、感染症予防のために常時抗生剤の服用が必要であること、抗てんかん薬をはじめとして精神薬の服用が必要で胃の粘膜に常時負担がかかっているため、今回、胃透視検査を施行した。検査終了直後に検査技師から両気管支にバリウムが流入したことが報告され要観察とした。この時点では顔色や呼吸に異常は認められなかった。ところが3時間後に身体全体に震えが生じ顔色も悪化。検査の結果、血圧124/72、脈拍90、体温37・6℃であった。他のA医療機関を受診した結果、肺炎治療が必要と判断され、そのままA医療機関に入院となった。食事は経口摂取だったが、38℃台の発熱が認められ、排尿もなく、絶食して抗生剤の点滴を施行した。翌日にはさらに状態が悪化。酸素マスクを着用、痰吸引の処置を施行したが、その翌日に死亡した。死因は誤嚥性肺炎とされた。
 医療機関は、患者が誤嚥しやすいことは認識しており、過去に2回誤嚥歴もあることから慎重に胃透視検査を実施したつもりであったが、結果的に誤嚥性肺炎となった。検査実施を事前に患者の両親に伝えていなかったのは説明義務違反に当たるとして一部過誤を認めて謝罪をした。なお、患者は今回の医療事故に遭遇しなければ、余命は一般と変わらない程度に生きられた可能性が高い。
 患者側は、賠償金を要求した。
 紛争発生から解決まで約3カ月間要した。
〈問題点〉
 まず、胃透視検査の適応について、医療機関側は、患者が誤嚥しやすい状態にあったことは認識しており、慎重に検査したとのことであったが、実際には、バリウムをゆっくり飲ませることぐらいしかしていなかった。スタッフにも特段の注意を促さず、血液検査も事前にしていなかった。また、検査技師は検査中に誤嚥していることを認識して、もっと早い段階で医師に連絡をし、検査を中止するべきであっただろう。なお、検査はほとんど終了していた。患者は強度の精神疾患があり精神薬を多用していたことから、麻酔下での胃カメラ検査の実施は逆にリスクが高い。胃透視検査自体には適応があったと判断できる。患者家族は胃透視検査をすることを事前に知らされていれば、過去に誤嚥性肺炎を発症していることから、必ず拒否したとして、説明義務違反についても問責しているが、胃透視検査しか検査法がなかったので、この点について過誤は認められなかった。事後処置については、事故直後に胸部レントゲンを撮り、バイタルのチェックをすべきだったと考えるが、実施していなかった。
 次に死亡との因果関係であるが、A医療機関のカルテに入院後に改めて誤嚥をしていることから、当該医療機関のバリウムによる誤嚥と死亡との因果関係は完全にあるとは言えない。ただし、当該医療機関で誤嚥したことにより、患者の体力が極端に落ちて、再度誤嚥しやすい状態になっていたことは推測ができる。したがって、死亡との因果関係も若干は認めざるを得なかった。最後までA医療機関での患者の様子が不明であり、死亡との因果関係が明確にはならなかったが、当該医療機関がA医療機関を巻き込みたくないとの意向から、当該医療機関のみで示談した。
〈結果〉
 医療機関側が過誤を認めると同時に、死亡との因果関係についても一部容認して、賠償金を支払い示談した。

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