医師が選んだ医事紛争事例 81  PDF

気管カニューレの自己抜去を防ぎ切れずに…

(30歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 患者は、脳腫瘍摘出術後遺症、脳室内出血後遺症のリハビリ目的で、A医療機関から当該医療機関へ転院。入院当初から気管カニューレを自己抜去する傾向が頻繁に認められ、一度チアノーゼをきたしたこともあり、抑制処置等を行っていた。事故発生直前に当該患者が抑制、ミトンを外して側臥位となっているところを看護師が発見。自己抜去のないことを確認して、再度、抑制、ミトンを施行した。その際に「どんなにきつく抑制しても器用に外してしまう」とカルテに記録されていた。看護師が患者から離れた50分後、患者が気管カニューレを自己抜去して心肺停止となっているのを発見。心肺蘇生処置によっていったんは回復したが、低酸素脳症となり翌日に死亡した。
 患者側は、適切な呼吸管理措置または監視体制を怠ったこと、さらに遺族に対して患者の死亡に関し十分な説明をしなかったとして、調停を経た後に、訴訟へと至った。
 医療機関側は、患者は集中治療を要する状態ではなく、深夜帯の管理体制を考慮すると事故の回避は不可能であり、さらに遺族に対しては十分に説明を行い、カルテ記載もあるとして医療過誤を否定した。
 紛争発生から解決まで約2年6カ月間要した。
〈問題点〉
 気管カニューレをこれまでに何回も自己抜去している患者に起こった医療事故であった。自己抜去ではSpO2 が70台まで一過性に低下したが、その後の処置により、速やかに回復している。そのようなことも考慮に入れ、昼間は30分に1回、夜間は1時間に1回と、通常より頻回に巡回していたと考えられる。それでも、自己抜去の不安を拭いきれないため、患者に十分に説明した上で手足の抑制も行っていた。これまでの経過、および患者の意識状態から、こうした対応で問題なく推移すると考えたようであるが、結果的には不幸な転帰を辿ることとなった。自己抜去を防ぎきれなかったことは、対応が不十分であったとしか言いようがない。しかし医療機関側は、裁判でも不可抗力を訴え続け、第三者の医師の中にも医療過誤がないことを主張する者が多数いたが、裁判官は効果がほとんど認められないとしても、モニター等を設置していれば、救命の可能性は0%ではなかったとして、相当程度の可能性を指摘して和解を勧告してきた。
〈結果〉
 医療機関側は裁判官の勧告に応じて和解した。

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