医師が選んだ医事紛争事例 72  PDF

がんの見落としも患者の予後に影響がなかったケース

(60歳代前半男性)
〈事故の概要と経過〉
 胃部不快で胃カメラを施行した結果、Stage IB の胃がんが発見された。ところが、約2年前に施行されていた生検で1カ所からgroup I はすでに確認されていたが、他の部位でgroupV が見落とされていたことが判明した。また、HP(ヘリコバクター・ピロリ)除菌後、1年後に必ず来院するようにも伝えていなかったことも判明。胃がんが発見されてから入院し胃全摘術を施行。手術は成功して患者は退院となった。
 患者側は、比較的冷静な様子が窺われたが、以下の点について医療機関側の見解を求めた。
 ①見落としの原因②今後の当該医療機関の見落とし予防の方策③今後の当該患者へのケアプラン④賠償問題―。
 医療機関側としては、①について、全くの不注意であり言い訳のしようもなく、全面的に医療過誤を認め謝罪した。②について、今後は検査医師もしくは検査技師が直接、主治医に検査表を手渡す体制を整えた。③について、通常の診療行為を継続するとともに当該医療機関で施行できないPET等については、他の医療機関を紹介する。④については、医療費については保留扱いとして、示談については症状固定が推定される5年後に改めて示談することで合意した。なお、患者の予後については、手術は成功で完治しており、悲観する必要のないことを患者側に伝えた。
 紛争発生から解決まで約5年2カ月間要したが、患者と5年後に改めて示談すると合意した期間も含む。
〈問題点〉
 医療機関側の見解通り、見落とした事実は明らかな医療過誤である。さらに、調査の中で複数の医師が見落としていたことが明らかになった。医療機関側の検査に対する体制に強い疑問が持たれるケースであった。②の通り、今後は予防対策を講じるとのことであったが、検査表で重要な結果には、その文字を大きくしたり色を変えるなど、誰が見ても判るように工夫をすることなどが求められよう。医療過誤の内容に関しては、胃がんの見落としの他に、一般再検等の療養指導を怠ったこともあり、全く言い訳のしようもないものである。ただし、患者の損害を考える際に、約2年間の胃がんの発見の遅れに関して、以下の項目を確認した。①2年前でも2年後での手術でも胃全摘という術式に変更はない。②5年推定生存率に2年前と大きな差が認められない。③2年前に胃がんが発見されたと仮定しても、入院の延長もなく通院回数もほぼ変化がなかったと推測される。④患者はこの2年間就労しており休業損害は認められない。
〈結果〉
 慰謝料名目で賠償金を支払い示談した。

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