個人の自律尊重へ、組織を変えよう
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
いつまで安倍政権がもつかはわからないが、社会経済政策で歴史的に見て重要なのは「働き方改革」である。
非正規労働者の処遇改善、賃金引き上げ、長時間労働の是正、転職・再就職支援、育児や介護と仕事の両立支援、テレワーク・副業の容認などを打ち出している。
政府・経済界の主たる関心は、労働力人口の減少にある。柔軟な働き方を広げることによって女性、高齢者、病気や障害のある人、外国人を含め、労働力を確保しようというわけだ。裁量労働の拡大などの具体策には疑問符がつくが、方向性は理解できる。
働き方改革では、生産性の向上も掲げている。日本生産性本部によると、2016年に日本の労働者が生んだ付加価値額は、1人あたりでOECD加盟35か国中21位。労働時間あたりでも20位。それでは経済は伸びない。
だが、なぜ生産性が低いのか。働き方改革の政策は明確な分析を示していない。はたして日本の労働者はサボっているのか。首をひねっていたところ、太田肇・同志社大教授(組織論)の『なぜ日本企業は勝てなくなったのか』(新潮選書)という本を読んで、ひざを打った。
日本が経済成長を続けたのは製造業主体の時代。品質の高い製品を大量生産した。それを支えたのは、終身雇用の共同体的な企業。指揮命令に沿って管理運営をきっちりやる。個人の生活や個性を犠牲にしても、集団で力を合わせて頑張り、成果を上げた。
ところが90年代後半から情報化と国際化が進み、個別のニーズに合う多様な商品・サービスが求められるようになった。革新的なアイデア、技術、ビジネスモデルは、頑張って長く働くより、頭を使うことで生まれる。意欲と発想力を高めるには、個人の尊重、主体性、自由、そして人材の多様性が欠かせない。
そういう時代に、集団主義はマイナスになる。人事評価に成果主義を導入しても、仕事の多くを集団でやるので、実際の成果より「頑張り」が評価される。頑張っているように見せかけた人物、上司に取り入る能力の高い人物が昇進する。チャレンジは疎まれ、出る杭は打たれる。人事や処遇に不満を抱いた人は本気で働こうとしなくなる。
しかもピラミッド型の階層の多い組織では、物事を進めるのに多数の関係者の了解を得なければならず、気遣い、根回し、調整に多大な労力を要する。伝達・報告中心の会議も多い。小役人的な管理主義も強く、書類作成などの事務に手間がかかる。
本来の仕事ではないことに時間をさいていたら、生産性も創造性も低下する。
官庁モデル、工場モデルではなく、個人が自律しながら協働する関係へ、組織の風土・構成を変革することが再生のカギだろう。管理統制を嫌い、個人の尊重を求めるのは権利意識の進歩でもある。
民間企業だけでなく、公務員も、非営利団体、労働運動、社会運動でも、組織のあり方を考え直したほうがいい。
逆に言うと、教育を含めた締めつけの強化、異論の封じ込め、異質の排除は、日本を衰退させる早道になる。