協会は「事前指示書と救急医療~現場の声から~」と題して、医療安全講習会を3月1日に開催した。講習会には会員や従事者ら30人が参加。2人の講師が講演した後、熱心に討論・意見交換した。講師は宇治久世医師会副会長の門阪庄三氏(かどさか内科クリニック院長)と京都府立医科大学救急医療学教室教授の太田凡氏。
門阪氏
治す医療から支える医療へ
事前指示書の意義と問題点
門阪氏は、宇治久世医師会で2014年から看取り委員会を設置し、作成した事前指示書「わたしの想い」について説明した。医療の変化として「治す医療から支える医療」「治療医学からQOLの確保・向上」等を挙げ、人生の最終段階における医療とケアの話し合いのプロセスについてフローチャートを用いて「何を決めるかではなくどう決めるか(not what but how)」が最重要であると強調した。また、事前指示書をあらかじめ作成しておくことは国民をはじめ、医療・介護従事者もおよそ7~8割以上が賛成しているが、実際の作成状況は4%未満と極端に少ない状況を紹介した(13年3月時点データ)。
「わたしの想い」には①延命処置②最期を過ごしたい場所③口から食事がとれなくなったとき④医療代理人について―の項目があるが、①については年々否定的になっていることが統計で示された。②は、6割が最期の場所として自宅を希望。③は胃瘻は現在20万人以上が造設しているが、ほとんどの場合に家族がその決定をしている(鈴鹿医療科学大学:葛原茂樹)。④医療代理人は当然ながらほとんどの場合が家族とのことであった。
次に事前指示書の定義・意義を以下のように紹介し、関連して問題点を指摘した。①医療関係者を交えて、自分の人生を考えるツール②法的な効力はないが、大きな判断材料③人生を考えるものであり、延命拒否宣言書ではない④事前指示書は変更可能である―。問題点としては、文書を作成することが優先されるあまり、どこまで理解した上で作成しているのか疑問が生じる場合がある。また、作成時の考えから変化することがある、医療代理人がとにかくできるだけのことをしてほしいと答えてしまうことがある等をはじめ、医療代理人が事前指示書の内容を知らないことが多く、代理人としての資質が問われていることを挙げた。
太田氏
救急医も救命だけではない
患者に寄り添う医療の提供を
太田氏は、救急医としての看取り等、自身の経験を紹介した後に、一部の医師の中には「介護施設や在宅医療での看取りを増やし、救命救急の対象となる傷病者に専念させてほしい」との意見や、救命時間が30分程度のワンパターン化された目途のようなものがあることに対して疑問を呈した。
次に高齢者の①食事介助中に意識消失(87歳女性)②特別養護老人ホームで発熱(91歳女性)③自宅で意識レベル低下(95歳男性)―の症例を3例挙げて、終末期の考え方の難しさや事前指示書の有無にかかわらず、医療者と家族が本人のことを真摯に考えることが大切等と具体的な解説を行った。
症例の紹介と解説の後に、日本臨床救急医学会提言(17年3月31日)について言及。これは人生の最終段階にあり、心肺蘇生等を希望しない意思を示した心肺停止事例に対する救急隊の標準的活動プロトコールであり、あくまで提言。決定事項ではないが、その中にかかりつけ医に連絡することが盛り込まれており、医師の指示に基づく心肺蘇生等の中止が決定されることになっている。医師の責任が重大であることが強調される形になっていることが報告された。
また、出会いから長くとも短くとも、医師は、患者さんの人生にとって、とても大切な場面に立ち会う。患者さんの人生に敬意を表し、家族の心情に十分配慮し、自分の家族の場合と同じように考えたいとの姿勢・理念を述べるとともに、人生の最期は誰にでもある。一人ひとり違ってよい。救急医療が必要とされるのは救命ばかりでないことを常に心に留めておくことが必要であると主張し、以上のことを総合的に判断して「医療は文化(救急医療はセーフティネット)」と表現した。