その7
関節注射で集団骨関節結核発症の因島事件
1970年から71年にかけ広島県因島市(人口約4万人)および瀬戸田町(人口約1万人)に、97人の骨関節結核患者が集団発生した。患者は、神経痛・関節炎・リウマチ等と診断されいくつかの医療機関を受診したが、全て同市のO医院を受診して訴外O医師からステロイドの関節注射を受けその後に発症していた。O医師はほとんど口がきけず時にはよだれをたらし筆談にて診療行為を行い、補助の看護助手T(無資格)は、70年2月退職し5月結核性の乾酪性肺炎(粟粒結核)で死亡したが、勤務当時治療を受けていなかった。発症は同年5月で終息し、医院は医師死亡に伴い同年11月閉院した。
そこで、発症した患者97人の内65人と死亡した18人の遺族81人とが原告となり、当地を管轄する保健所長と県知事に対して、67年から肺外結核患者が逓増しており、70年2月の1カ月間に3件(1年分に相当)もの骨関節結核患者の発生が届出された段階で、本件集団発生の異常性を認知し、感染場所を究明し、適正な結核予防・蔓延防止処置、および医療行政措置を採るべきであったのにこれを怠り、本件患者らを骨関節結核に罹患させたとして、また、国には、知事への機関委任事務の委任者として、国賠法第1条および第3条に基づき損害賠償を請求する行政訴訟を提起した。
裁判所は、本件は、骨関節結核の集団発生と呼ぶにふさわしいと認定した。O医師には、ステロイド剤を使用するに当たっては厳重な無菌操作などが要求されるのに、配慮が不十分であったこと、また、肺結核患者の通院もあり、看護助手も退職後に結核の疑いのまま死亡しており、本件患者の罹患にO医院が重大な関係を有すると認めた。感染源や感染経路は特定できないが、注射器具等の消毒不完全等、何らかの原因で、これら器具ないしステロイド注射液に結核菌が付着または混入し、関節注射により連鎖的に患者を増加させていった接触感染の疑いが濃厚と認めた。しかし、保健所長がO医院に関する風評に接するのは同医院閉院後しばらく経過した71年半ばごろであるなど、それ以前の時期においてO医院への報告の命令、検査、施設の使用制限・禁止などの措置を講ずべき作為義務を行使し得ず、知事、保健所長には、医療行政面における国家賠償法上の作為義務を負うには至らなかったとして、請求棄却した(広島地裁尾道支判 昭和60・3・25)。原告は上訴したが、控訴審・上告審ともに棄却された(広島高判 平成6・3・29、最三小判平成10・11・10)。
結核罹患率の高かった時代の事件であるが、低下した今日なお油断できず、結核予防法等規定の、患者発見時の届け出や結核検診等の予防措置の継続など遵法・適正な実施を要する。
また、C型肝炎集団発症事件では、Y内科医は、腰痛患者のペインクリニック治療で、殿筋肉内注射では使用済み針を煮沸消毒し、皮内・皮下注射では針を酒精脱等で拭い他の患者に再利用した。洗浄担当者には手袋装着の指示なく、針刺し事故もあった。20人(うち従業員1)が罹患した。Yは、注射器および注射針の不完全消毒ないしディスポーザブル注射針の不使用など医師の過失を根拠に提訴され、総額2億6136万円の支払いが命じられた(大分地判 平成10・8・24、控訴)。