医師会ではコミュニケーションを重視  PDF

 仁丹 現在の開業医も、患者に対する考え方がずいぶん変わりましたからね。我々の開業当時は、専門外でもなんでも診ましたから。今は分業時代で、地域でもきちっとした治療ができるようになってきました。
 廣野 私たちが開業した時は、公職医の仕事に積極的に関わっていました。自分の医療だけでなく町の仕事をする。こむぎ山健康学園での事業で、年に何回か予防接種をしたり、そのあと基本検診が始まりました。疾病を早期に見つけて早期に治療しようということです。
 仁丹 小学校の予防注射もやりましたね。
 廣野 当時の地区医師会の交流も盛んで、ある時は野中一二三さんを交えて町政懇談会をやったり、それが転機になり予防接種の方法が変わったりもしました。
 仁丹 医師同士のコミュニケーションが取れていましたね。私が入った頃には医師会に「いわん会」というのがあって、どこに行くのかわからない旅行もやっていました。
 廣野 家族を含めて親睦会を行ったり、けっこう仲のいい医師会ですよね。船井医師会に入った時に、ものすごくあたたかいなあと思いました。すぐになじめました。
 仁丹 そういう中で地域医療についてお互い話しができるわけですからね。
 玄野 確かに仲はいいですよね。お互い知っている医師ばかりです。皮膚科、眼科もできましたし、訪問診療をされている精神科のクリニックもできました。地域の方にとってもいいことかなと思います。
 廣野 介護保険制度開始当時、医師会としてどのように介護保険に対応していくか議論がありました。医療的な情報を介護関係の方に提供しようと医師会セミナーを始めました。セミナーは6年くらい続いたと思います。多業種連携ということが言われていますが、多業種で勉強会をやったのは、当時の京都府内では船井医師会だけではないでしょうか。

ページの先頭へ