福島第一原発 事故後の現場より 現在の課題 ④  PDF

京都大学医学研究科環境衛生学分野教授 小泉 昭夫

住民の被ばく調査

 2012年4月から14年1月まで、本格的に住民の被ばく調査の検討を開始した。放射線被ばくは、①空間線量による被ばく②食事由来の被ばく③大気中粉塵による被ばく―の三つの経路が考えられた。この時点では、主たる汚染物質はセシウム134、137であることが判明しており、我々は、相馬市玉野、南相馬市原町区、川内村の3地点で行うこととした。3地域の放射線被ばく線量について、事故の初期に放出される放射性ヨウ素による被ばくが評価されておらず、この限界での調査である。玉野地域ではTさんに、南相馬では金子さんに、川内村では町の職員の皆さん、特に2人のIさんのご支援をいただいた。
 ②の食事中の放射性物質の測定は、陰膳方式という実際に各個人が食べたものをもう一人分余計につくる方法で、12年と13年の夏、冬、合計4回行った。この方法は、戦争中に戦地に出かけた夫や息子のために、無事を祈って供える食膳であり、筆者の恩師である秋田大学の加美山茂利名誉教授により開発された。
 利点としては精密な成分の定量分析が可能となるが、提供者の手間と、材料の確認と調理法の記録などが必要なため、多くのスタッフが必要となる。
 今回の調査では、厳密に食事由来のセシウムを定量分析するため、陰膳法を採用し、総勢30人の栄養系の研究者や管理栄養士がボランティアとして参加した。研究者・参加者は、皆一様に福島に何か役立ちたいとの思いからの参加であり、個人の自宅を訪問し、調理法や献立の詳細について聞くとともに、住民の現在の思いや不安などを直に地域の住民から聞くことができた。多くの住民は、子ども世代の帰還を望んでおり、年寄り夫婦だけでの味気ない生活を嘆いていた。学生は、福島の現状を知る機会を得て、改めて原発事故を実感をもって体験することができ、貴重だったと報告してくれた。
 この食事調査の外に、空間線量計を各個人に配り個人被ばく量と、大気中の粉塵を継続的に集め、大気粉塵中の放射能の測定を継続して行った。
 以上の結果、年間被ばく線量は、川内村で平均0・89 mSv、玉野地域では2・51 mSv、南相馬では1・51 mSvであり2022年には、川内村が0・31 mSv、玉野地域では0・87 mSv、南相馬では0・53 mSvと推定された。生涯にわたる被ばく線量で増加する悪性新生物も生活習慣病による範囲内に収まる程度と判明し、被ばく線量についての安全性が証明された。この成果については、国際的な一線での研究者のレビューを受けることが妥当と考え「Proceeding of the National Academy of Science USA」に投稿し参加者30人の連名論文として14年に掲載された。

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