続・記者の視点 73  PDF

危険な身体拘束が多すぎる

 またもや悲劇が起きた。
 ニュージーランド人の27歳の青年が、双極性障害で措置入院になった神奈川県の民間精神科病院で心肺停止になり、今年5月、転送先の市立病院で死亡した。病理解剖では死因は確定しなかったものの、入院時から10日間も身体拘束を受けており、静脈血栓症、肺梗塞を起こした可能性があると転送先の医師は遺族に説明した。
 このケースの具体的な事情は今回論じないが、精神科で身体拘束中に血栓・肺梗塞を起こして死亡した事例は過去に何件もあり、いま民事訴訟で争われている事例もある。
 体を動かせない状態が続くと、血栓が生じて生命に危険を及ぼすことがあるのは医学の常識だ。一般医療では手術中や寝たままの状態が続く時の対策が行われている。災害時の車中泊による発症の危険は何度も報道されている。
 日本総合病院精神医学会が2006年に出した「静脈血栓塞栓症予防指針」や日本精神科救急学会の「精神科救急医療ガイドライン」も、発症のリスク評価、予防策、検査を求めている。「防げませんでした」では済まない。
 体幹と四肢をベルトで縛られて身動きできなくされたら、どれほどの恐怖と苦痛をもたらすか。拘束中はオムツをされ、そこに排泄することにもなり、尊厳も傷つく。
 日本の精神科医療は身体拘束が極端に多い。厚生労働省の調査(精神保健福祉資料)によると、14年6月30日時点の精神病床在院患者約29万人のうち1万0682人が身体拘束、1万0094人が隔離されていた。これらを調査項目に初めて加えた03年に比べ、拘束は2・1倍、隔離は1・3倍に増えた。これは特定の1日だけの人数だから、年間に拘束・隔離される患者数はもっともっと多い。
 04年度の診療報酬改定で「医療保護入院等診療料」が設けられ、その算定には拘束・隔離などの妥当性に関して院内の行動制限最小化委員会で月1回以上の評価が求められるようになったのに、以後かえって増え続けてきた。
 精神病棟のスタッフ不足を理由に挙げる人もいる。たしかに人手があればソフトな対処が可能になるが、だからすべての拘束がしかたがないものとは言えないし、大幅に増えた原因も説明できない。
 介護施設でも昔は拘束(抑制)が当然のように行われていたが、原則禁止になった。精神科病院での習慣・文化・意識はどうなのか。措置入院なら入院時から一定期間拘束するなど、安易に行う傾向が広がっているのではないか。
 院内の委員会では実効性がない。拘束・隔離などの行動制限はすべて行政へ届ける制度に変えるとともに、外部の権利擁護者が病院を回って人権状況をチェックするしくみを導入すべきだ。
 拘束や隔離の権限を持つ精神保健指定医には、6時間以上の身体拘束と12時間以上の隔離を我が身で体験する実習を義務づけよう。精神科病院の看護職員にも同様の体験実習を義務づけよう。
 それで事故が起きたらどうする? そんな危ない実習はやらないほうがよい? なるほど。ではなぜ患者にやれるのか? 深く考えてほしい。

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