医師が選んだ医事紛争事例 67  PDF

転倒事故は一瞬にして発生します

(80歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 当該患者には高血圧・認知症の既往があった。爪白癬のため、医師が医療機関のベッド上で患者の爪を切った。終了後、患者がベッドから丸椅子に移り、左足の後、右足の靴下を履こうとした際に、座っていた丸椅子から右側に転倒した。すぐに、他のA医療機関に救急搬送したところ、「右大腿骨転子部骨折」と診断された。患者はリハビリが必要となったが、歩行は困難で認知症が進んだ様子が認められた。
 患者側は特に賠償請求を行わなかった。
 医療機関側としては、過去に自宅等で何度も転倒している患者であり、転倒のリスクは認識していた。なお、医療機関には夫を連れて独歩で通院していた。今回の事故は医師と看護師の目前で発生したが、転倒の瞬間は医師も看護師も患者の方を向いていなかった。また、患者の夫も診察室にはいなかった。看護師は左足の靴下が問題なく履けたのを確認したので、右足の靴下を履き終わるまでは確認しなかった。転倒は一瞬のことで、仮に医師や看護師が患者を注視していても防止できなかったと考え、管理責任までは問われないとした。
 紛争発生から解決まで約1年5カ月間要した。
〈問題点〉
 医療機関側の主張通り、丸椅子からの転倒はたとえ注視していても防ぎきれなかった可能性がある。しかし、医療機関は患者が転倒しやすいこと、認知症であったことは認識しており、患者が靴下を履く際はより安全なベッド上でさせるべきであった。ただし、賠償責任を問うほどの不注意とは考えられなかった。患者側も転倒は予測しており、医療機関側との関係も良好であったので、賠償問題にまで発展しなかったのは不幸中の幸いであった。
 なお、椅子からの転倒事故ではパイプ椅子と丸椅子が圧倒的に多いので、医療機関では、椅子ひとつ選択するにも安全性を考慮すべきであろう。
〈結果〉
 患者側が最終的に賠償請求を行わなかったので、時間が経過した後に立ち消え解決と判断された。

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