医師が選んだ医事紛争事例65  PDF

医療機関と患者のすれ違い
患者対応の難しさ

(50歳代後半女性)
〈事故の概要と経過〉
 当該医療機関は、精神神経科初診の患者に「妄想性障害」と診断し、リスパダールR等を処方した。リスパダールRは当初2㎎の処方であったが、効果が認められなかったので、徐々に6㎎の投与とし約4カ月間処方を継続した。その後、患者は身体が動きがたいとのことで連続3日間、救急車で受診した。患者は1カ月前から身体が動きがたかったと述べておりカルテ記載もあるが、当該医師にはその旨が伝わっていなかった。患者は3回目の救急受診時に入院となった。その後、リスパダールRの副作用であるパーキンソン症候群の発症と診断の上、薬剤を変更して1カ月で退院となった。当該医療機関に通院してパーキンソン症候群は消失した。
 患者側は、別のA医療機関において、過換気症候群の治療を受け改善していたにもかかわらず、当該医療機関に転院してから症状が悪化した。その原因はリスパダールRの過剰投与であり、パーキンソン症候群になったために、仕事や家事ができず生活に困窮したとして調停を申し立て、その後訴訟となった。
 医療機関側としては、リスパダールRの投与とパーキンソン症候群の因果関係は認めるが、患者に対する「妄想性障害」の診断に誤りはなく、リスパダールRの適応・処方量にも問題はない。なお、能書には12㎎まで投与可能とされている。副作用に関しても予見しており、副作用を抑える薬剤も投与していた。更に副作用発症後の事後処置もリスパダールR投与を中止する等、適切であったとして医療過誤を否定した。
 紛争発生から解決まで約2年間要した。
〈問題点〉
 患者側の主張以外にも、以下の問題点が指摘されたが、いずれも賠償責任を問うほどのものではないと判断された。
 ①患者が受診時に1カ月前から身体の不調があったと訴えていた事実があるが、当該医師は気づかなかった。当該医師は患者に対して積極的に体調について具体的に質問して、患者の変調に対応すべきではなかったか。
 ②カルテ上、患者は退院に納得しているが、本意ではなかった様子が窺われた。退院が時期尚早で、療養指導が十分でなかった可能性はなかったか。
 ③リスパダールRを始め、カルテには患者への説明が十分に記載されていない様子が窺えたが、説明義務違反まで問責できるか否か。
 なお、医療過誤の有無は別として、患者がパーキンソン症候群になったのは患者の身体的素因も大きいことが推定された。また、一般的に言って、患者側に「そのような説明は聞いていない。聞いていたらこのような治療は受けなかった。こんな薬は飲まなかった」等、主張することがしばしば見受けられるが、緊急時や絶対適応が認められる治療をはじめ、患者の治療に関する選択肢を奪った訳ではない場合は、医療機関側の説明義務違反は認められない、と主張することは妥当であろう。説明不足を患者側に訴えられ、結果論から「説明義務違反だけならば妥協しよう」と認めてしまう医療機関が稀にあるが、慎重に対応しないと医療現場の混乱を招きかねないだろう。説明義務違反も診断・適応・手技等の過誤と同様に「医療過誤」であることを自覚願いたい。
〈結果〉
 調停が不調となった後に、患者側が訴訟を申し立てたが医療機関側の勝訴となった。患者は敗訴を不服として控訴したが第2審も医療機関側の勝訴となり、医療機関側に賠償責任のないことが証明された。

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