政策解説 医師に対する規制的手法導入か②  PDF

当事者抜きで進められる医療政策の転換

 思い返せば、渋谷健司氏が座長を務めた保健医療2035も事実上「ステークホルダー」を排した検討会の成果物だった。
 当時、突然出てきた検討会が随分浮世離れした提言書を書いたものだ、との受け止めもあった。だが気がつけば、国はそれをあらゆる場面で引用し、事実上の国方針の寄る辺として扱っている。
 「ステークホルダー」を排することなく、パラダイム転換は打ち出せない。そのような判断が働いているのか。
 当の渋谷氏がインタビューに答えている。「『今までやってきたことを、そのままやっていればいい』という時代は終わった。特に医療提供体制、医師の需給や他職種との連携の在り方は、難しい問題ですが、時代とともに変わっていく必要がある」と思う。「こういう方向に皆で進んで行こうという、その羅針盤が必要になる」。その上で、検討会の人選について「僕が決めたわけではありません。『団体代表は入れず、なるべく広い分野から、比較的若手をメインに』という希望は申し上げましたが、それ以外は言ってい」ない※6。
 会議の構成員が、所属組織に捉われず、個人の立場で発言することで、「医療提供体制に関する伝統的な政策形成の論理や利害調整を机上で展開するだけでは策定できない」課題の解決は可能になるということだろう。そうした考え方は理解できる部分もあるが、違和感は拭えない。
 「ステークホルダー」なる言葉は通常「利害関係者」と訳される。
 だが、医療・福祉政策の決定過程における「ステークホルダー」の役割は、「利害」を超えた「当事者」の役割である。
 むしろ当事者を切り離して方針を考えようとするのではなく、既成審議会に医療提供側だけでなく患者・市民のサイドの参加を強化するのが正しい方向性ではないか。障害者自立支援法と応益負担反対運動におけるスローガンの一つであった「私たちを抜きに私たちのことを決めないで」という言葉をもう一度噛みしめねばならない。
 結果として「ステークホルダー」の発言の重みが低下する流れは、やはり看過できない。

医師偏在対策の本格検討始まる

 さて、渋谷氏自身がインタビューで語っているように、ビジョン報告書は医師需給分科会の中間とりまとめにあった医師偏在是正策としての「規制策」を是認していない。渋谷氏は「もともと僕は、医師の強制配置は最終的な手段であり、できるだけやるべきではないと思ってい」た。「強制配置をしなくても、勤務環境や子育て環境を整えれば問題解決が可能だとわかった。医療界には古い体質が残り、一般のビジネス界では当たり前のことが、行われていなかった」と語っている。これは、「医師勤務実態調査」が「医師の44%が今後地方で勤務する意思がある」との結果だったことを受けてのものだろう。
 ビジョン報告書が保健医療2035同様に「羅針盤」として活用されるとすれば、私たちが警鐘を鳴らしてきた「医師に対する規制」方針は回避されるはず。だがそれは楽観的過ぎる。なぜならビジョン報告書という「羅針盤」の指し示す方角には、あからさまな「規制」を謳うことなくとも、実質的に規制的手法が取り入れられる近未来があるからだ。
 ビジョン報告書の描く、全国一律の制度設計・サービス提供を志向した従来構造からの脱却、自治体が外来医療も含めた需給推計から供給確保までをコーディネートする方向性を肯定しようとすれば、その前提に国家による医療保障という基本姿勢が担保されている必要がある。つまり、自治体で必要と判断すれば医師・医療機関の配置が白紙委任され、全財源の国家保障がなされねばならない。もちろんそれはあり得ない。なぜなら国の「医師偏在是正」方針が「医療費の地域差是正」と一体のものだからである。
 4月20日の財政制度等審議会・財政制度分科会は医療費適正化のため、都道府県の「第2期医療費適正化計画(2013~2017年度)」の実績評価時期の2018年度から「地域別診療報酬を実施する」よう要請した。
 かように、国にとっては医療費の地域差縮減目標実行こそが都道府県に求める「医療政策」なのである。ビジョン検討会が良心的な立場で何を書いても、地方自治体は結果として、医療提供体制を抑制的に管理する役割に追いこまれてしまう。
 医療費を減らせという圧力の下、地方自治体に与えられる「権限」とは、結果として強制力を高めるものにしかならない。例えば報告書にあるプライマリケアの普及の観点から導き出された開業医医療の「システム化」にしても、患者がかかりつけ医の紹介なしに専門科受診や入院ができない仕組みでありフリーアクセス否定そのものだ。自治体が需給推計し、必要な医療資源数を導き出し、結局は適正と判断する医療機関数を「配置」するとしたら、かかりつけ医の人数は限定され、開業地によって保険医登録できない状況が生み出されることは十分予想可能だ。
 直接的な国家規制は否定されても、地方自治体の手による自主的・自律的という美名の下に、規制は貫徹される。
 最後に指摘せざるを得ないのは、医師に対する規制に対峙しきれていない医療界の情況である。
 日本医師会は17年3月に「医師団体の在り方検討会報告」をまとめた。
 そこで語られているのは「職業選択の自由」は重要ではあるが、「医師偏在解消に向けて」「自主的・自律的に何らかの適切な仕組みをつく」らねばならない。強制を受け入れることなく、自らが「適正配置」に乗り出す。そのために、全員加盟制医師組織をつくる、ということである。
 なぜ、自由開業制やフリーアクセスは重要なのか。それは「職業選択の自由」だけの問題ではないはずだ。それは、国民皆保険体制における医師の働き方、医療のあり方の根本を覆すからである。そのことを、私たちは昨年の医療研究フォーラムを通じ、それ以降も繰り返し訴え続けてきた。
 保険医運動の正念場としか言いようのない情況が、今眼前には広がっている。

※6 m3.com 2017年5月8日(月)配信

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