続 記者の視点 69  PDF

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

見過ごされやすい軽度の知的障害

精神障害は昔と違ってマスメディアでしばしば扱われるようになった。発達障害は山ほど本が出ており、テレビで取り上げられることも多い。
それらに比べ、知的障害への社会的関心は低い。障害児の療育・教育はまだしも、大人の知的障害については専門的な解説書もほとんどない。
問題が大きいのは、軽度の知的障害と、障害認定されない知的ボーダー層である。
軽度の知的障害の人は、日常会話を交わした程度では障害とわからない。スマホぐらい使えるし、運転免許を取っている人、高校を普通に卒業した人も珍しくない。
しかし抽象的な概念、複雑な思考、多くのことを長く記憶するのは苦手で、言葉の表現力が乏しい。文章を書くと稚拙だったり、社会制度が理解しにくかったりする。
感情は一般の人と変わらず、プライドはある。理解できていなくても「わかった」と答えがちだ。他人に迎合しやすく、だまされやすい傾向もある。生活や金銭管理を計画的に行うのも苦手だ。
根気のいる単調な作業は得意な人が多いが、農業、工場、建設といった分野の単純労働は減った。いま求人が多いのはコミュニケーションや複雑な判断を要する仕事だ。
このため、就職を望んでも採用されない、働いても長続きしない、他者とトラブルになる、制度を利用できないといった状況に陥りやすく、生活困窮にもつながりやすい。
生来の能力の個人差に加え、産業構造の変化もあるわけで、自己責任として片づけられることではない。
知的障害のある人は、療育手帳(障害者手帳)や障害福祉サービスの対象になり、障害の程度が一定以上なら障害年金を受けられる。
このうち療育手帳は法律ではなく、1973年の厚生事務次官通知に基づき、都道府県・政令市が規則や要綱に沿って発行する。知能指数(IQ)に生活状況や介護必要度などを加味して総合的に判定するのだが、障害と認める範囲や区分が自治体によって違うという妙な状況にある。
目安のIQは重度が34以下。中等度は49以下のことが多い。軽度は75程度以下とする自治体もあれば、70程度以下とする自治体もある。
療育手帳の交付台帳登載人数は2016年3月末で100万9232人(福祉行政報告例)。同時期の推計人口で割ると0・80%である。
ウェクスラー型知能検査だと標準偏差15の正規分布になるので、統計的理論値としてIQ75以下の割合は4・78%。単純計算すると607万人、現状の6倍が手帳を取得してもおかしくない。IQ85以下までボーダー層として含めると、理論値は15・9%。2018万人にのぼる。
知的障害レベルでも障害認定を受けていない人々が膨大に存在するわけだ。ボーダー層の人々も社会的不利を伴う。しかも見過ごされやすく、社会の対応が不備なことが、不利に輪をかけている。
診療の現場で病気や治療法の説明、療養指導をする際も、一見してわからない知的ハンディキャップをもつ患者・家族がけっこういることを念頭に置いたほうがよい。

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