高齢者取り巻く医療・介護の困難とは 16年度医療安全シンポで意見交換  PDF

協会は3月4日、京都市内のホテルで「高齢者医療と介護に関わる医事紛争」と題して、医療安全シンポジウムを開催した。会員や従事者ら73人が参加し、3人のパネリストの話題提供の後、熱心に討論・意見交換した。パネリストは京都第一赤十字病院緩和ケアセンターの上田和茂センター長、医療法人社団石鎚会の青木菜穂子社会福祉士、京都中央法律事務所の福山勝紀弁護士の3氏。

高齢者の治療はQOL念頭に

上田氏は内科医師の立場から、高齢者の病態とその特性を取り上げた。まず、老化の定義を加齢に伴う生体機能の低下とし、高齢者の一連の症状を「老年症候群」として扱う方が現実的であると主張した。また、フレイル(虚弱)という概念を紹介。①体重の減少②歩行速度の低下③握力の低下④疲れやすさ⑤身体の活動レベルの低下―のうち、3項目以上が当てはまるとフレイルとみなされると説明。更に高齢者に対する医療の限界として、生活習慣や老化が元で発症する疾患であれば非可逆的な経過を取ることが多い。治癒を目指すと安静を強いることになり逆に廃用症候群を引き起こし、QOLを損なう可能性が生じる。疾病の治癒より症状を取り除く方がQOLは改善する。高度先進医療はQOLの向上に好ましくない可能性があると述べた。以上のことから、①その特性、起こりやすい症状、病状やその経過を知る②本人、家族と医療、看護、介護、福祉などの関係者が包括的な共通の理解を持つ③本人や家族がどうしたいかの意思をくみ取る―とまとめた。

家族・医療スタッフと相談重ね治療方針を

青木氏は、MSWの立場から高齢者が抱えていると感じる特徴的な困難について、五つの要因を紹介。①MSWとクライエントの価値観の差が大きい場合等、MSW自身が主観的に困難と感じる②キーパーソンの決定力不足もしくは不存在、加齢による変化・ADLの急激な低下への理解不足等、ケースそのものに客観的な困難さがある③提供される医療と本人のためにしてあげたいこと(家族の思い)の乖離等、多職種連携に困難さがある④所属機関の方針が専門職の倫理に相反する、バックアップ体制がない等、所属する組織に困難さがある⑤転院による支援の分断等、制度上の制約がある―とした。
更に傾聴・思いの受容、理解度の確認、アセスメントの重要性を説いた。そこでポイントとなるのがアドバンス・ケア・プランニング(ACP)で、これは意思決定能力低下に備えての対応プロセス全体を指すもので、極めて重要であるが、いまだ医療界では一般的、常識となっていない状況があると報告した。

日常から看護記録の充実を

福山氏は、高齢者による転倒事故の裁判例を解説した。医療機関の勝訴例(14年3月26日広島県地裁三次支部判決)では、ベッド傍で倒れているところを発見され、その後脳溢血で死亡した事案。患者は離床センサー、マット等を使用する義務と巡回を頻回に行う、家族に付き添う機会を与える義務を主張。これに対し、裁判所は入院中に夜中に目を覚ましたのは事故当時初めてで、患者は注意してもモニターを外すことがあった。医療機関が四六時中患者を観察することは不可能で、家族も従前から転倒の可能性を認識していたとして、医療機関の責任を否定し勝訴。敗訴例(12年11月15日東京地裁判決)では、透析用ベッドまでの移動で事故の前々日にストレッチャーから車椅子使用が許可され、2人の看護師が透析室で介助していた。2人とも患者から少し離れた際に、患者が踏み台の上から転倒、後日死亡に至った事案。車椅子による最初の透析で立位不安定となり転倒は予測できた。もう1人の看護師が戻るまで患者を支えておけば転倒は防げたと判断された。紛争予防の手段として、看護記録が詳細に患者の状態を記していることが多いことから、日常から看護記録の充実を強調。医療現場では転倒・転落事故が発生した場合、「過誤」を認める傾向にあるが、不可抗力の場合もあり、賠償責任を負う必要がないケースもあることへの認識を促した。
なお、シンポジウムの詳細については冊子にまとめ、5月末を目途に全会員に発送予定。

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