続・記者の視点68  PDF

「地域福祉の全面展開」は簡単ではない
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

福祉の大転換が急速に進められる可能性がある。医療にも密接に関係してくる。
厚生労働省は2月7日、「『地域共生社会』の実現に向けて(当面の改革工程)」というプランを公表した。
「我が事・丸ごと」という政策の出発点となる文書で、介護保険、障害者福祉、生活困窮者支援などの見直しを進め、2020年代初頭の全面展開をめざすという。
骨格は、①制度・分野ごとの縦割りを改めて、総合的な相談支援体制をつくる②支え手・受け手という関係を、住民の主体的な支え合いに変える③多様な担い手の参画や産業との連携で地域のつながりを強化する④対人援助職の共通基礎課程の創設などで専門人材を活用する――である。
安倍政権下の政策として頭から否定的に見る人もいるが、厚労省内のチームによる「新福祉ビジョン」(15年9月)を土台にしたもので、基本的には官僚主導である。
複合的な課題への相談援助、社会的孤立の防止、縦割り是正、住民参加といった理念は間違っていないと思う。
高齢者医療・介護の関係機関が協議・連携する「地域包括ケア」を、生活関連の全分野に広げる内容でもある。
懸念されるのは、これが財政支出の抑制をもくろんだもので、公的責任の後退、サービスの縮小になるのでは、という点だ。確かに、背景には介護保険制度の破綻がある。保険によるサービスを減らして住民のボランティアで何とかしようという安易な発想の延長線のような部分がある。
地域の状況、自治体の財政力、やる気によって極端な地域差が生じかねない。コミュニティーソーシャルワーカーを全域に置くか、介護保険の地域包括支援センターを全分野の窓口にするようなイメージだから、現場の人材や力量による地域差も生じる。
とはいえ、理念がさほど間違っていないとすれば、注文や対案が必要である。
ポイントは、地域福祉を担う主体の決め方、優秀な人材の確保、ソーシャルワークの専門性の認識だと考える。
官僚主義の脱却、住民主体を言うなら、民間組織を核にすべきだろう。市町村からの委託だと役所と上下関係になるので、独立して公的財源を確保できるようにしつつ、住民の意思を反映する仕組みが望ましい。社会福祉協議会だと、役所の下請け・天下り先になっていることが多い。
高齢・障害・子ども・貧困などの福祉に加え、医療・雇用・教育・住まい・産業・権利擁護、司法まで対応せよというのは、大変なことだ。
今回の文書には出て来ないが、寄り添い続ける伴走型の支援も重要なはずだ。
複雑多岐にわたる社会制度を理解し、親身な支援ができ、住民や関係機関と良い関係を築ける。そんなスーパーマンが日本に何人いるのか。少なくとも司令塔や現場の核となるソーシャルワーカーを相当な好待遇で募集し、育成することが欠かせない。
地域のつながりの強化をむやみに求めるのは無理がある。現代人の意識や地域住民が持つマイナスの面も直視しないといけない。プライバシーの問題もある。
とにかく難題である。住民でもできるだろうと軽く考えていたら、福祉は崩壊する。

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