京都大学医学研究科環境衛生学分野教授 小泉 昭夫
長期的な健康影響は
生活習慣病のリスク増大
1995年阪神・淡路大震災では、震災後高血圧の悪化や、虚血性心疾患、脳卒中のり患の増加が報告された。これらの経験から東日本大震災でも早期から循環器系疾患の予防対策が導入された。一方、福島県では、震災被害そのものは軽微で、沿岸部の津波被害にあった地域以外は家屋の倒壊などは見られず、人為的な事故である原発事故による放射能被ばくを避けるための避難であり、健康影響は不明であった。
我々は被ばく調査と並行して、震災前の2008年から13年までの川内村の老人保健事業による毎年の健診データの推移を見ることにした。この解析については、大学院生Oさんと米人交換留学生の医学生E君が行った。
予想に反して平均血圧は収縮期、拡張期とも減少しており、服薬者も増えており、初期から2次予防がなされていたと判断された。この一方、空腹時血糖、HbA1cは震災を境に増加。同時に平均体重も、55・6㎏から58・1㎏へと増加し、HDL-Cの低下、LDL-CおよびTGの上昇、脂肪肝傾向の増加が認められた。震災前に比べ13年の時点で、メタボ、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症、慢性腎臓病は(年齢および性での調整後)1・6~1・9倍に増加していることが判明した(表参照)。今後の健康寿命への影響が懸念された。
そこで、地域要因、年齢要因を評価し、生活習慣病の増加の原因を探るべく、地元で地域医療に奮闘する石塚尋朗医師とともに、近隣の小野町、三春町の協力を得て、15年まで追跡し比較検討することにした。現在のところ、生活習慣病の増加は川内村に特有であり、その原因として、生活全般の活動量の低下によるエネルギー消費の低下が想定される。我々の報告とほぼ同時期に福島県内の大規模調査でも、生活習慣病の有病率の増加が報告された。
自宅へは戻ったものの子ども世帯がいなくなることで、家事労働が減り、農作業等の活動は減る。一方森林内部は除染されておらず立ち入れないため林業作業もままならない。アンケートでは、川内村の住民は運動を意識的にしていると回答している人が2自治体よりも多い。男女とも家事労働が減少しており、消費エネルギーの減少が大きな原因と考えられる。日常生活が大きく変わった結果だろう。