今年8月に社会保険診療報酬支払基金からオンライン資格確認システムの導入、案内のリーフレットが届き、戸惑っておられる方も多いと思われます。協会への問い合わせも多いので、まずは理事長の談話・解説を発表させていただきます。
オンライン資格確認導入は義務化ではない
社会保険診療報酬支払基金のホームページのQ&Aにも明確に「義務化ではない」と述べられています。従来通りの保険証確認は今後も続けられます。すでに顔認証付きカードリーダー(以下CR機)の申請を行った医療機関でも期限内ならキャンセルも可能、ただし納品された後での中止はCR機価格が請求されるので注意が必要です。
政府がオンライン資格確認導入を急ぐ意図を諸会議の報告から分析すると、その理由の第一は普及が進まないマイナンバーカード(以下MNC)登録の後押し。第二はこのシステムによる保険者の作業負担の軽減、効率化。第三はこのインフラの整備によるオンライン請求の拡大。第四はレセプト情報・特定健診等情報(=ナショナルデータベース、以下NDB)の第三者利活用の突破口(後述)。第五に患者・国民各人をマイナポータルへ自動的に誘導することです。これらの意図はそれぞれが大きな問題を孕んでいます。
今導入決定を急ぐ必要は全くない
社会保険診療報酬支払基金は21年3月よりオンライン資格確認サービスを開始する予定です。それに間に合わすべく申請を催促しています。しかし、23年3月31日までにシステム改修等を完了し、23年6月30日までに補助金の申請をすれば、予定額の補助金も受け取れる(CR機も無料)ことになっています。CR機納品の遅延を考えても、22年9月頃までに決めれば間に合います。予算は「健康保険法等一部改正法」で保障された資金があります(目指されるオンライン資格確認導入目標は、21年3月末6割、22年3月末9割、23年3月末10割)。
補助金は全額支給ではない
CR機は無償配布されますが、これだけではシステムは完成しません。ベンダーと交渉し、保険者との間のネットワーク環境の整備やレセコンシステム改修等が必要です。この周辺整備分も支援金は出ますが、その額は診療所ではかかった費用の4分の3で上限32.1万円とされています。レセプトオンライン請求を行っていない医療機関が導入を図ればこれではとうてい賄えません。多くのベンダーが好機と見てシステム改修に高額を設定しており問題です。当初の申請数が伸びなかったため、急遽20年度中は診療所では上限42.9万円までの満額補助が発表されました。
オンライン資格確認を導入しても、レセプトオンライン請求は義務化ではない
オンライン資格確認システムを導入すれば、自院のレセコンと保険者間がオンラインシステムで結ばれ、レセプトオンライン請求ができ得る環境になります。しかし、それでもレセプトオンライン請求を行うことは義務ではありません。
オンライン資格確認が導入されても、タイムラグ問題は残る
今回の制度は保険証を個人単位の終生変わらぬ番号にして、保険者が変わってもスムーズに保険証確認ができることが大きなメリットとして挙げられています。しかし、保険者の切り替えにタイムラグが生じるとされており、他にも資格証明書や短期証の発行、生活保護医療の請求との切り替えにもタイムラグが予想されます。この隙間期間に患者が医院を受診すれば“無保険”扱いにされます。このような時には従来の保険証、資格証明書や診察券による受付が必要になります。
従来の受付業務の併用はなくならない
かえって医療機関の事務作業負担は増加する
自民党のデジタル社会推進本部は進まないMNCの普及対策に保険証としてMNCしか使えなくする強硬策を検討しています。しかし、患者がMNCに保険証登録していない場合、MNCを持参しなかった場合、さらに労災、自賠責、自費などに対しても従来の窓口受付が必要です。しかもCR機導入医療機関で窓口受付の場合、毎回職員の手による保険証番号の代行入力・確認の手間が発生し負担増が予想されます。さらに、“無保険”が判明しても、医療機関ではカルテを作り診療せざるを得ません。従来の目視確認より確実に事務負担は増えます。
本来保険資格確認は保険者の責務であり、それを返戻の形で各医療機関に押し付けている現状こそ問題にすべきです。自民党案は手段でしかないMNCを目的化しており、かえって生活や仕事に不便を持ち込む恐れが大です。
顔認証付きカード受付システムの最大の問題は、CR機の患者同意画面
患者が保険証の登録されたMNCをCR機にかざすと本人確認の次に【図①】のような同意取得画面が現れますが、ほとんどの患者(国民)は何の同意か理解できないでしょう。同意内容は二つあって、左は薬剤情報提供の同意、右は特定健診情報提供の同意となっています。
2011年の「高齢者医療確保法」によりNDBの収集とその利活用が開始されました。ただしNDBはその匿名化度が低いため第三者利活用には厳重な審査が課せられました。さらに18年改定の「個人情報保護法」により「病歴」が「要配慮個人情報」に指定され、医療情報の第三者提供には本人同意の縛りが掛かりました。この状況をひっくり返したのが19年の「健康保険法等一部改正法」で、オンライン資格確認とは全く無関係に「個人情報保護法」の特例として“緩い”同意形式で、“低い”匿名化度のNDB等の第三者提供が法制化されたのです。その手段としての本人同意の画面という訳です。
ニーズの高い薬剤情報とそれ以外を分けたのは適切ですが、画面右側の標題の「過去の健診情報の提供同意」は言葉が正確ではありません。法的には「健診情報“等”」であり、健診以外の介護情報や全国癌登録や難病の情報も近い将来名寄せして提供できるようになります。
さらに“カルテ情報”までも情報提供できるよう更なる法改正の検討が始まっています。患者への説明もなく、安易に「同意」ボタンを押しそうなCR機の画面設定が問題です。加えて、患者が毎回のCR機で手続きの都度、同意と非同意の異なるボタンを押せば、扱われる情報の第三者提供の可・不可の峻別に必ず混乱が発生します。その確認作業が事務負担になります。保険証番号の代行入力時には毎回職員による同意確認とその入力も事務負担になります。
この制度の真の狙いは何であったか?
政府がIT立国を掲げ、医療情報のデジタル化とそれをターゲットマーケティング等に利活用する方針は20年前から構想され、2014年10月の「行政機関が保有するパーソナルデータに関する研究会中間整理」では、「医療に関するデータは、完全に個人特定性を失わせたものでは無く(完全に失わせるまで加工したデータは利用のメリットが失われてしまう)、…利活用を認める制度とする」と規定されました。14年以降NDB等を新産業創出、成長戦略に利活用できるよう法改正を促す閣議決定が何回も採択されています。
その集約がCR機の同意画面で、第三者に渡ったNDB等が本人を特定され得る情報に暗号解除され、さまざまな産業・民間企業に利活用され得る“突破口”が開かれたのです。第三者提供については審議会が設けられますが、「高齢者医療確保法」等の厳格規定が外された上での審査ですから、従来よりも“緩い許可決定”となります。言わば“合法的”個人情報の漏洩です。
危ないマイナポータル
国民がMNCのICチップ内に保険証登録をするにはスマホ等にマイナポータルアプリをインストールして手続きを行います。自分自身の過去の特定健診情報等を見るにもマイナポータルが必要です。マイナポータルは従来から医療情報を中心として個人のさまざまな情報を名寄せして一堂に集め閲覧できる基盤として総務省が開発したものです。従来は各人が明確な参加の意志を持って同意して加盟するサイトでした。それがこの度の改変で知らぬ間に安易な同意で加盟・運用されることにされました。マイナポータルが個人の機微にわたるさまざまな情報を一生涯名寄せ蓄積していく基盤となるリスクは計り知れません。さらにその窓口がMNC1枚となれば、窃盗や盗み見という“非合法的”情報漏洩や悪用のリスクも高まります。
マイナポータルへの参加は、保険証登録窓口とは切り離して、改めて明確な本人同意を必要とする加盟方式である従来の取り扱いに戻すべきです。
個人情報保護はどうあるべきか
個人情報保護委員会のホームページを開けば、個人情報の位置づけが【図②】のように説明されています。すなわち、個人情報に関わるあらゆる民間分野、公的分野における個別法律は、「個人情報保護法」の上に乗っています。この大前提を特例として覆した「健康保険法等一部改正法」に対して再度根本的法律改正を検討すべきです。
今すぐできる対応としては、CR機の「同意画面」の運用の見直しです。各人が「同意画面」の選択に慎重に対応することで、かなりの個人情報の自主的防衛が図れます。本来的には制度として本人同意の確認を厳格にすることです。さらに情報の第三者提供を審査する審議会に対して厳格な審査を要求し、医療・介護以外の分野で少しでも個人と紐付けされ得る情報の利活用が疑われれば、申請を却下する運用を求めます。
【図①】
【図②】