新型コロナウイルス感染症の流行から、外出自粛や三密を避けることが推奨されている。私たちの勉強の機会である学術講演会も、ほとんどが中止となっている。かかりつけ医機能研修会なども中止となって、今年の研修単位がどうなるのかと心配している。
当面の学校健診や職場健診も中止となっていて、学校や事業所に行く機会も減っている。診療所だけの業務なら、これほど体力が温存できるのかと実感している。
今年の特定健診も延期となり、また通常の外来患者の受診も少なく、持て余した外来の時間でさまざまな本を読んで過ごしている。
数カ月ぶりに高血圧で診ているKさんが受診された。Kさんは下肢動脈閉塞があり血管内治療をしてもらって抗血小板薬を服薬している。
「ずいぶん久しぶりですね」
「そうなのです。コロナが怖くって、家族から外に出るなと言われて受診できませんでした」
「それで、お薬は飲んでいたのですか」
「途中で何回かお薬を家族に取りに来てもらいました」
「下肢の調子はどうですか。できるだけ下肢を動かして下さいね」
「介護施設が閉まっていて、しばらくリハビリができていません。自宅ではできるだけ動くようにしています」
「そうして下さい」
「今日は、診察してもらって、ほっとしました」
近郊の介護施設の職員に新型コロナ患者が発生した。幸いにも入所者らには広がらず事なきを得ている。全国的にもそういった事例が多かったからか、介護施設の休業が相次いだ時期があった。
「それで、心臓の検査はどうなっていますか」
「心臓の血管も詰まっているようなのです。カテーテルで治療が必要だと言われています」
「それで、いつ治療を受けるのですか」
「先週の予定だったのですが、コロナが心配で予約をキャンセルしたのです」
「それでも、心臓発作を起こすと大変だから、早く治療して下さいね」
「そうします。それでも病院の駐車場に赤いテントがあって、コロナの検査場だと聞くと受診するのが怖いです」
マスコミでは病院でクラスターが発生していると伝えていた。病院に近づくとコロナに感染すると思っている方もある。確かに、コンビニやスーパーのカウンターでは客と従業員の間にビニールシートによる間仕切りが設置されている。ソーシャルディスタンスを保つために、レジに並ぶ客の立ち位置も表示されている。このような物々しい状況に接すると不安が高まるのも納得できる。
少しの不調があると来院されるNさんが来られた。これまでから神経質なまでに身体のことを気にして定期的に健診を受けてこられた。その過程で、甲状腺がん、肺がんが発見され、それらを克服されてきた。
「心臓がどきどきして寝付けないのです」
「胸の痛みはあるのですか」
「いいえ、昨日、出かけたので、コロナに罹ってないかと心配で」
コロナを心配されているだけあって、マスクはもちろんだが、手にはプラスチック手袋、ゴーグルをかけている。
「またまた、大げさだと思っていらっしゃるのでしょう」
「熱もないし、息切れもないのでしょ。最近、この地域ではコロナは出ていないので大丈夫ですよ」
「また、そんなことをおっしゃる。肺がんの時も病院ではCTを撮って経過を見ると言われたけれど、手術の結果はがんだったのですよ」
このように言われると立つ瀬がない。しかし、昨日外出しただけで熱などの症状もないのにコロナかと言われると判断のしようもない。今回は、体温を付けてもらいながら様子を見ることで納得してもらった。
寺田寅彦の言葉ではないけれど、ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることは難しいことのようである。
MENU