まずは知ることから始まる
加畑 理咲子(京都民医連中央病院初期研修医)
私の父は医師で、故郷の土地で開業した。その当時、私は幼かったが、日々の診療に加え、毎月初めになると膨大な書類を前に夜更けまで仕事していた父の姿が思い出される。その後、私は医学部に進んだが、誠に恥ずかしいことに、あの書類の持つ意味を明確に理解しないままだった。本書を読んでようやく、私は保険診療の仕組みの全体像を理解することができた。
本書は、まず国民皆保険制度の特徴と価値を述べ、開業医をはじめとする先人たちが皆保険制度を創り守ってきた長年にわたる献身的な運動の歴史を平明に解説している。さらに、新自由主義改革が皆保険制度を根底から揺るがせているという事実を提示し警鐘を鳴らすとともに、若手医師たちへ期待と励ましのメッセージを送っている。
現在米国では、新型コロナウイルス感染症蔓延の中で、従来からの無保険者に加え、失業によって医療保険を失った人が急増しており、米国民の医療費への不安が強まる中、国民皆保険の必要性を主張する声が高まっていると聞く。「いつでも・どこでも・誰でも」保険証1枚で必要な医療を必要なだけ受けることができる ―― 当たり前のように享受してきたこの制度が、決して当たり前ではなく、日本に住む人々の安心・安全にどれほど寄与してきたかに気付かされた。それがいま、崩されようとしている。
本書の中でも指摘されているが、研修医たちは保険医になるにあたり、保険診療制度や保険医の役割に関する説明を受けていないのが現状だ。私自身も本書に出会わなければ、自分が携わる診療がどのような基盤の上に成り立つものなのか認識しないままだったかもしれない。
国民皆保険制度を守ってこられた先生方には、ぜひ発信を続けていただければと思う。新自由主義改革以降の医療制度しか知らない(私自身を含む)若手医師たちは、知る努力をしなければならない。まずは知ることから始まる。本書が多くの医学生や研修医たちの手に取られることを期待する。