診察室 よもやま話 第15回 飯田 泰啓(相楽) 水洗トイレ  PDF

 尿や便などの排泄物をよく観察することは健康管理に重要なことである。
 お腹が痛いと言って来院される患者さんに便の状態を聞くことは問診のイロハと教えられた。私もお腹の不調を訴える患者さんには便の状態を聞くことにしている。
 青白い顔をして顔なじみのGさんが来院された。
 「最近、お腹がすくと痛むのです」
 「いつから痛いのですか」
 「二週間ほどまえからです。最近ストレスが多くて胃潰瘍ではないかと心配しているのです」
 「大便の色は黒くありませんか」
 「便の色ですか。分かりません」
 「便の色って大事なのですよ。黒いとか、血液が混じっているとか」
 「大事なのは分かるのですが、うちのトイレはまだ水洗じゃないですから」
 確かに汲み取り式トイレでの便の観察は難しいと思える。
 いくら便を普段から観察しましょうと健康教育をしても、まだ下水道に繋がっていないGさんのトイレでは無理なことであった。
 気恥ずかしそうにKさんが診察室に入ってこられた。
 「また、膀胱炎になってしまいました」
 「この間も膀胱炎でしたよね。この前のお薬で治らなかったのですか」
 「この前は、お薬を出してもらって助かりました。症状はすっかりよくなりました」
 「あれから一カ月で、また膀胱炎ですか。しっかり水分を摂っていますか」
 「これまで、膀胱炎になったことなんてなかったのに。この二カ月で三回目です」
 「膀胱炎は女性の宿命ですね。お腹を冷やすとか、不潔になっていることはありませんか」
 「不潔にはならないように注意しているのですよ。下水工事がやっと終わってトイレが水洗になったので、ウォシュレットまで付けて清潔にしているのです」
 「えっ、きっとそれが原因ですよ。いつからウォシュレットを使っているのですか」
 「そういえば、二カ月ほど前からです」
 「便を撒き散らしてかえって不潔になっていませんか」
 「ああ、いやだ。高いお金を出してつけたのに」
 温水洗浄便座をつかって膀胱炎になった女性を数例経験している。便利な健康器具として多くの家庭に普及しているだけに、きっと使い方には工夫が必要なのであろう。
 高血圧で通院中のYさんが悲壮な顔で診察室に入ってこられた。
 「おしっこから血の塊が出たので、あわてて来ました」
 「でも、今採ってもらった尿を顕微鏡で見ましたが、大丈夫でしたよ」
 「最近、水洗トイレにしたのです。で、おしっこをしたら便器に血の塊が出たのです。心配なので持ってきました」
 大事にティッシュペーパーの包みから取り出した。そこには、小さな赤い米粒ほどの塊があった。
 「これが出てきたのです。血の塊でしょ」
 手で触ってみると、案外かたい。血塊とも思えない。
 「何なのですか」
 「さあ、血の塊とも思えませんが。これが尿と一緒に出るときは痛かったのですか」
 「いいえ、全然」
 「それも変ですね。こんな硬いものが出るときに痛くなかったのですか」
 いろいろと考えてみたが、尿路結石にしては排出時に痛くないのも変であった。よく分からないので、組織検査をした。
 「この間の塊は何でしたか」
 「顕微鏡で調べてもらったら骨だという結果です。骨髄もついた骨の塊でした」
 「へえ、骨ですか。そういえば骨粗しょう症と言われています。一体、私のどこの骨が欠けて出てきたのですか」
 骨組織が尿に排出されるわけもないので、きっと魚か鶏などの食べかすの骨が衣服についていて、排尿時に便器に落ちたものと考えられた。Yさんに説明するのだが、なかなか尿から出てきたのだから、自分の骨だと言い張って納得してもらえなかった。
 水洗トイレの普及で、排泄物の観察が容易になって、健康管理に利用できるようになった。その反面、これまでには考えられないような訴えで来院される患者さんが増えるのかと楽しみである。

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