医師が選んだ医事紛争事例 112  PDF

前医批判が医療不信を招く

(40歳代前半女性)
〈事故の概要と経過〉
 某病院の夕診帯の午後7時前、患者は上腹部痛と嘔吐状態を訴えて来院。上腹部の触診で不快感が認められた。昼食が古いおにぎりであったので医師は食中毒を疑った。腹部エコーを施行したところ、胆石や膵炎は否定的で虫垂炎を疑わす所見でもなかったので、経過観察として点滴を追加した。約3時間後に状態が改善され、患者に帰宅を促したが直後に下腹部痛と腹部膨満感が発症したので、A医療機関へ紹介し転院となった。そこでの診断名は急性虫垂炎、汎発性腹膜炎であった。
 患者側は、もう少し早く腹膜炎の確定診断をしていれば、手術創が小さくて済んだはずと、具体的な額は明示しなかったが賠償を請求してきた。
 医療機関側としては、診療開始時から虫垂炎を想定していたが、検査の結果、否定的であったこと。また、夕診帯で検査が十分にできなかったことは事実であるが、最初は緊急性がなかったこと、さらに腹部症状の変化に対応して、他の医療機関を迅速に紹介したことにより、医療過誤を否定した。
 紛争発生から解決まで約2年5カ月間要した。
〈問題点〉
 腹腔鏡下で施行されたA医療機関での手術創は3カ所で、患者の主張する診断の遅れがあったから手術創が大きくなったものでも、手術創数が増加したものでもないと推測された。医療機関の夜診の体制は、検査技師が不在で救急時のためにオンコールで待機していた。しかし、仮に血液検査、腹部CT等の検査をしたとしても、患者の予後に影響はなかったと考えられる。また、事後処置としてA医療機関への搬送も、担当した医師自ら指揮をとって迅速に施行されている。したがって医療過誤は認められない。
 なお、今回の紛争の発端は、A医療機関の医師が、「もう2時間遅れていたら生命が危険であった」「前医は十分な検査もせずに一体何をしていたのか」など、患者に対して前医批判と解釈されるような発言をしたことが発端となった。紛争予防の観点から、前医批判によって患者が医療不信に陥ることなどの認識を、より一層強めていただきたい。
〈結果〉
 医療機関側が根気よく過誤までは認められないことを患者側に説明し続けた結果、患者側からのクレームが途絶えて久しくなったので、立ち消え解決と見なされた。

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