弁護士 福山勝紀(あやめ法律事務所)
2019年6月に日本医療安全調査機構から医療事故の再発防止に向けた提言第9号が発表され、同号の提言1に「転倒・転落による頭部打撲(疑いも含む)の場合は、受傷直前の意識状態と比べ、明らかな異常を認めなくても、頭部CT撮影を推奨する」旨記載され(以下、「本提言」という)、頭部打撲症例について、全例に頭部CTをしなければならないかのような提言が発表された。
同提言については、その後、19年10月31日、同機構により、「医師が個別具体的に必要と判断した場合に、撮影を推奨する趣旨で記載された」というお知らせも公表されたが、提言された以上、医療事故の訴訟事例において、同提言が利用される可能性は否定できない。
そこで、今後、どのような対応をしておくべきかという観点から、以下述べる。
事故調査制度及び提言が裁判に提出された際の実情
医療事故調査制度は、ご存知の通り15年10月から始まった制度であるが、提言が出され始めたのは、17年3月からであり、実際、私が担当している裁判においても、患者側から本提言が証拠として出され始めている。
まさに本コラムで取り上げている提言が出されている裁判もあるが、本提言がどのような証拠価値を持つのかというのはいまだ不透明な側面であり、現在私が担当している裁判においても、裁判所が本提言をそこまで重要視している様子はない。
裁判所が重視していると考えられる証拠
医療過誤訴訟において、重視される証拠(医学的知見について)は、基本書、論文、症例報告、ガイドライン、臨床医の鑑定書といったものであるが、この中でも、特にガイドラインは尊重される傾向にある。
他方、症例報告については、裁判官も数少ない成功事例の報告等であることを認識し始めているのか、あまり重視された経験はない。
では、本提言は、これらの中のどれに位置づけられるのか。
今後の予防という位置づけ
そもそも、本提言も含めた医療事故調査制度における提言は、医療事故調査制度によって、報告された結果が深刻だった症例を何例か集めて、その中で何をしておけば、結果が回避できたのかという今後の予防のために出されたものである。なお、本提言で言えば、たった18例である。
そうだとすれば、上述した証拠の中で言えば、症例報告に近い位置づけであるといえる。
このような理解が間違っていないとすれば、今後、このような提言が訴訟で提出されたからといって、同提言に記載されていることが医療水準であると認定される可能性は低いのではないだろうか。
引き続き診療録への詳述を
そもそも、結果が悪かった際に、後方視的に見て、こうしておけば結果が防げたというのは、よくあることであって、それだけをもって、事前にこのようにしておくべきであったというのは不合理という他ない。
しかしながら、医療においては、臨床の現場を裁判官が分かっていないため、少なからず、そのような議論になりがちであることは否定できない。
そうだとすれば、本提言を否定できるような根拠、例えば、転倒時に頭のどこをぶつけたのか、どこにぶつけたのか、また、脳震盪である(CTを撮る必要はない)と判断できる根拠についても、できる限り詳述して診療録に書いておいた方が良いと思われる。