『開業医医療崩壊の危機と展望』発刊に寄せて  PDF

市民の医者、そして「格差なき医療」の追求者
野村 拓(元大阪大学医学部助教授)

 求められて、この本の「帯」へ推薦文を書かされた。口の悪い大宅壮一は「帯」の推薦文のことを「腰巻き文学」と呼んだが、私は「『開業医』とは…市民の医者であり、『開業保険医』とは『社会保障を推進する市民の医者』である」と書いた。もう一言加えれば「格差なき医療」の追求・実現者である。そして、「格差なき医療の追求・実現」には医療制度的認識が不可欠なのだが、この認識が、「偉い人」ほど欠けているわけである。
 「なに? わしの診療が審査で減点? 怪しからん、医局長! お前、基金に文句言いに行ってこい」
 などとやっていたのが1970年代。医療制度的認識で一番遅れているのが医学部の教授で、次が附属病院の院長、市中病院の院長ともなれば、事務長の慇懃無礼なご進講を受けてかなり分かってくる。しかし「『協会けんぽ』ってなんや」という質問が飛び出したりする。
 こと医療制度的認識に関しては、みずからの生存と直結するだけに、開業保険医の認識がトップレベルである。しかし、はじめからトップであるわけではなく、保険医団体の事務局に支えられながらの学習によってトップの座を占めるわけである。今回の本は「支えた人」「支えられた人」たちの合作によって、アクセスの良さ、相対的低負担、健康水準への貢献という軽業的バランスを保っている「皆保険」が内包する危機と克服方法を論じたものである。
 最後に一言付け加えれば、「開業」とは、市民革命なき日本における医師の「内なる市民革命」である。それは室町時代から22代続いたご典医、故北小路博央先生が名著『開業医ブルース』(1992年・かもがわ出版)を書くことによって「内なる市民革命」を遂行したようなものである。阪大・医学概論講義のネタに使わせてもらった謝辞とあわせて弔意を表する次第である。

ページの先頭へ