解説 動き出したマイナンバー制度と税務手続  PDF

解説 動き出したマイナンバー制度と税務手続

 11月に入り、「マイナンバー」の通知カードの配達が本格化したが、40都道府県の約510万通もの配達が12月にずれ込んでいるとの報道がされている。会員医療機関においては、マイナンバー制度にどう対応すべきか、不安に思われているところも多いと思う。そこで本紙では、2015年11月15日号『税理士新聞』−税論卓説の「動き出したマイナンバー制度と税務手続」の全文を転載。保団連近畿ブロック会議の講師や日頃税務に関する資料提供等でアドバイスいただいている岡田俊明税理士が、税理士の立場からマイナンバー制度の問題点を指摘しつつ、実務的な税務手続対応について分かり易く解説している。先にお送りしている保団連発行の11月15日号『全国保険医新聞』と併せて、大いに参考いただきたい。

 

税理士 岡田俊明

 

青山学院大学大学院博士後期課程修了

青山学院大学大学院法学研究科講師・税理士

白井税務会計事務所副所長

TCフォーラム(納税者権利憲章をつくる会)役員

東京税財政研究センター副理事長

税理士新聞「税論卓説」を監修

元特別国税調査官

元全国税労働組合中央執行委員長

 

 10月5日を期して、日本に住民票のあるすべての個人に12桁の番号が振られた。マイナンバーの付番である。この新しい番号は、唯一無二のものとされ、一生変わらない番号であり、死んでも永久欠番とされ、離脱不可能な番号制度である。しかも、この番号は行政機関が利用することを前提としており、スタート時点では社会保障と税、それに災害に利用を限定しているはずが、番号法施行前の異例な法改正で預金口座のほか医療分野の一部(予防接種とメタボ検診)に利用範囲が拡げられ、条例によって地方自治体独自に利用が拡大できる道が開かれるなど、将来にわたって利用拡大の可能性が高いという共通番号(国民背番号)システムであることから、国民のプライバシー保護との関係で議論は続きそうである。実際、制度発足直後から事件が頻発しており不安は尽きない。番号通知が始まったこの時期に、税務手続との関係をみておきたい。

事業者に番号と本人確認の負担

 この制度の難点は、行政が使う番号であるが、納税者・国民の負担を前提としている点である。番号法の大原則は、他人に番号を提供してはならない、他人の番号の提供を求めてはならない、である。そして、個人番号は公開されない。だが、事業者は、従業員のほか一定の取引先にも番号提供を求めるものとされ、その保管から廃棄までの管理負担が強いられる。番号通知カードは一方的に送付されるが、個人番号カードの請求は任意である。とはいえ、番号抜きで今後生活が可能なのかは疑わしい。事業者は、番号提供を求めるにあたっては、番号の確認と本人確認(実物確認)をしなければならない。その理由は、米国や韓国で頻発している「なりすまし犯罪」を抑制しようとしたためという。面倒な要求である。

番号不記載は可能か

 番号制に不安を持つ人々にとっては、可能な限りこの番号を使用したくないと考えるだろう。税務手続に関して個人が番号を使用するシーンは、例えば、所得税確定申告書の提出の際である。平成28年分から(したがって平成29年明けから)申告書にマイナンバーの記入が求められる。番号を記入せずに申告書を提出したら受理されないのだろうか。

 税務署窓口では、空欄を指摘され、まずは記入を求められるだろう。実は、番号法の制定と同時に税法改正がなされていて、例えば、国税通則法124条の条文見出しは、「書類提出者の氏名、住所及び番号の記載等」と改正されている。税務署長に申告書・申請書・届出書等の書類を提出する際は、住所・氏名に加えて番号を記載することとされた。番号記載を義務化したわけである。しかし、条文には、「番号(番号を有しない者にあつては、その氏名及び住所又は居所)」とあり、番号がない場合は書きようがないから記載不要とされているのである。ということは、もともと空欄がありうることになる。国税庁HPのFAQは、「個人番号・法人番号の記載がないことをもって、税務署が書類を受理しないということはありません」としている。そして、不記載や誤記載に対する罰則はない。

 では、郵送であればどうだろう。現在でも、未記載や押印漏れの申告書でも受理されているのであるから、番号不記載をもって収受されないということはあり得ない。税務署にとっては、申告書を提出してもらうことが第一だからである。そうでなければ申告納税制度が崩れてしまいかねない。

番号提供拒否には?

 事業者が、従業員や取引先から提供拒否された場合はどうしたらよいであろうか。税務職員に対し、「番号を書かなくてもいいか」と聞けば、「結構ですよ」との答えは返ってこないであろう。記載が義務である以上は、あくまで書いてくださいとしか言えまい。

 この点について国税庁のFAQは、「個人番号の提供を受けられない場合でも、安易に個人番号を記載しないで書類を提出せず、個人番号の記載は、法律(国税通則法、所得税法等)で定められた義務であることを伝え、提供を求めてください」と厳しい。しかし、「それでもなお、提供を受けられない場合は、提供を求めた経過等を記録、保存するなどし、単なる義務違反でないことを明確にしておいてください」ともあり、強制はできないことが明らかにされている。加えて、「個人番号の記載がないことをもって、税務署が書類を受理しないということはありません」と番号空欄の書類の受理が明示されている。

税理士による番号収集

 事業者は他人の番号を例外的に収集できることとされている。しかし、税理士は税務書類作成を独占的業務とするものであるが、顧客の番号はもとより、顧客が収集した番号を利用できなければ困る。どのような関係になるのであろうか。

 番号法は、「何人も、……他人(自己と同一の世帯に属する者以外の者をいう。第20条において同じ。)に対し、個人番号の提供を求めてはならない」(同法15条)としている。番号法は特定個人情報の提供を制限しているが、「特定個人情報の取扱いの全部若しくは一部の委託又は合併その他の事由による事業の承継に伴い特定個人情報を提供するとき」(同法19条5号)に該当すれば、税理士等はその顧客の従業員等の個人番号の提供を求めることができる。税理士等への業務委託であるから、例えば、税理士等が源泉徴収票の作成事務を行う場合、委託者である顧客は、「委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない」(同法11条)とされているから、顧客側は委託先である税理士等の「設備、技術水準、従業者に対する監督・教育の状況、その他委託先の経営環境等をあらかじめ確認しなければならない」こととされていて、委託契約内容についても、特定個人情報保護委員会ガイドラインが事細かく指定している。

源泉徴収票等への番号記載の変更

 所得税の源泉徴収票は、各人別に2通作成し、翌年1月31日までに、1通を税務署長に提出し、他の1通を従業員本人に交付しなければならない。番号法制定に際し、税務署提出用の源泉徴収票には、本人及び控除対象配偶者や控除対象扶養親族の個人番号のほか支払者の個人番号・法人番号を記載させるが、受給者交付用には支払者の番号記載は不要とされた(所得税法施行規則93条1項)。しかし、これはおかしな省令である。マイナンバー制度は、行政機関等に書面を提出する場面で番号記載を求めるのだから、本人交付用書類に番号を書かせるのは番号法が特定個人情報の提供を制限していることに反するのではないか、という疑問があった。日税連のガイドブックは、「本人交付用の給与所得源泉徴収票を所得証明等のために民間事業者に提出する際には、個人番号部分を印刷しないか、復元できない程度にマスキングする等の工夫が必要となります」と記述していた。

 ところが、番号法施行寸前の10月2日(金)、国税庁はHPに、「本人へ交付する源泉徴収票や支払通知書等への個人番号の記載は必要ありません!」との情報を掲載し、この日、所得税法施行規則等の改正が行なわれたことを知らせている。法施行ギリギリまで、混乱が続いていることを示している。

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