政策解説「病床削減」と地域医療構想
政府が「病床15万減」要請報道の衝撃
6月中旬、政府が2025年を目指して「病床15万減」を要請と各紙が報じた。16日の京都新聞は「ベッドが過剰だと不必要な入院や長期療養が増えて医療費がかさみやすい」から「病床の地域格差を是正」し「医療費の抑制」を進めるねらいと報じた。
根拠は、首相官邸直轄の「医療・介護情報の活用による改革の推進に関する専門調査会」(以下、専門調査会。第5回6月15日開催、座長・永井良三自治医科大学学長)の「第1次報告」である。
既に国が3月に通知した「地域医療構想策定ガイドライン」には、「医療需要に対する医療供給を踏まえた病床の必要量(必要病床数)」の推計方法が示されていた。その推計方法で弾き出されたのが今回の「必要病床数」である。
経済財政諮問会議の意向を受けた作業
専門調査会は、社会保障制度改革プログラム法(2013年)に基づき、内閣に設置された「社会保障制度改革推進本部」の下に作られた。2014年4月22日、麻生財務大臣は都道府県ごとに「合理的かつ妥当な医療需要を前提とした支出目標を設定」し、「医療費を適正化する」仕組みを提案した。同日、安倍首相も「麻生財務大臣からの提案を含め、ICTによる地域横断的な医療介護情報の活用については、国や都道府県ごとの医療費の水準の在り方を含め、社会保障・税一体改革担当大臣において、関係大臣と協力して、有識者の知見を活かしつつ、その具体化に向けた検討」をと指示した。
この経過を受け、専門調査会は支出目標設定に向けた協議を重ねてきた。第1次報告が示した必要病床数は「合理的かつ妥当な医療需要」とそれに対応する「供給体制」の姿を示したということになる。
病床削減 国は最大19万8千床 府は9百床
「地域医療構想ガイドライン」は、「2025年における病床の機能区分ごとの医療需要(推計入院患者数)は、構想区域ごとの基礎データを厚生労働省が示し、これを基に都道府県が構想区域ごとに推計する」としている。今回示された数字は、その「基」となるものとみられる。
報告書は、全国推計を(図1)のとおり示す。
2025年段階で「4つの医療機能(注:高度急性期・急性期・回復期・慢性期)の医療機能を担う必要病床数の合計は、地域ごとに推計した値を積み上げると、115万床〜119万床」。「機能分化等をしないまま高齢化を織り込んだ場合:152万床程度」、「(目指すべき姿)115万床〜119万床程度」。「高度急性期13万床」「急性期40.1万床」「回復期37.5万床」「慢性期24.2万床〜28.5万床」。病床数全体でいうと2013年の134万6,900床から最大約15万床の削減となる。「慢性期」に幅があるのは、3パターンの推計方法があるためである。
京都府は、13年時点の一般23,900床・療養6,400床の合計30,300床(14年医療施設調査による)に対し、「2025年の必要病床数」は、高度急性期3,200床、急性期9,500床、回復期8,500床、慢性期は8,100床〜8,700床で、合計29,400床〜29,900床と推計した※1。
国が病床数を示すこと自体が都道府県を追い込む
二つの問題が指摘できる。
一つは、政権が医療費抑制の立場にある以上、国が「病床数」を示すことが地域医療に「負」の影響を及ぼすということだ。大幅な病床削減を示された都道府県や地域の医療者の動揺は大きいであろう。医療計画による基準病床数も医療費抑制策であり、計算式は国が示してきた。だが、必ずしも都道府県は医療計画を医療費抑制のために策定したわけではない。むしろ策定作業を契機に、医療保障の前進を図ろうとしてきた。しかし国がトップダウンで「機能別病床数」を示し、その枠内での提供体制構築を求めると、都道府県の主体的判断の余地は狭まる。
まして、都道府県は一方で国保の財政を睨み、医療費適正化計画で「医療費支出目標」を課せられる立場になっているのであり、いよいよ地域医療構想を医療費抑制目的で策定する他ない事態に追い込まれることになる。
報告書の推計方法で医療需要が計れるのか?
二つ目は、報告書の推計方法で導き出された医療需要はどの程度正しいのか、である。
今回の医療需要推計では「医療資源投入量」なる新たな概念が採用された。これは「患者に対して行われた診療行為を、1日あたりの診療報酬の出来高点数(入院基本料相当分およびリハビリテーション料の一部を除く)で換算した額」であり、NDBのレセプトデータおよびDPCデータ等から導き出されている。つまり医療資源投入量=保険点数の高低の実績から、各医療機能を分別(ex.○点以上なら「高度急性期」というように)し、将来の「需要」を導き出している。
高度急性期と急性期の「境界」は3000点。急性期と回復期の「境界」は600点。回復期と慢性期の「境界」は225点に設定しつつ、「在宅復帰に向けた調整を要する幅をさらに見込み」175点で区分する※2。以上の境界区分を設けた上で、人口構造等を勘案し、「一定の仮定を置いて」、「2025年における医療機能ごとの医療ニーズ(1日あたりの入院患者数)を算出し、機能別に病床稼働率(注:高度急性期75%、急性期78%、回復期90%、慢性期92%)で割り戻して、医療機能別の病床数の必要量」を推計したのが、今回示された「推計値」である。
慢性期の推計方法と地域包括ケアシステム
慢性期機能の医療需要の推計方法はいっそう誘導的で、慢性期病床の刈り込みに力点が置かれている。
病床機能報告制度では慢性期機能を次のように定義している。「長期にわたり療養が必要な患者を入院させる機能。長期にわたり療養が必要な重度の障害者(重度の意識障害者を含む。)、筋ジストロフィー患者又は難病患者等を入院させる機能」。つまり、慢性期機能を担う病床とは療養病床だけではない。慢性期の需要推計にあたっては、障害者施設等入院基本料や特殊疾患病棟入院医療管理料の算定患者も対象となる。
だが報告書の焦点は療養病床である。報告書は「高齢化の進展による医療ニーズの増大に対応するため」には、「療養病床以外でも対応可能な患者」(医療区分1の患者の70%に相当する者と示唆)を2025年に病床ではなく「地域包括ケアシステム」で受け止めるよう求めた。その上で、都道府県間で療養病床の入院受療率に「地域差」(図2)があることに着目し、これを2025年までに「相当程度」解消するよう求める。そのための目標の立て方についてはABCの3パターンが示され(表)、都道府県は地域医療構想にABCの範囲内で構想区域単位の必要療養病床数を定めるよう求めた。
自治体と医療者が住民と共にわが町の医療構想を示す
こうした推計方法には、根本的な疑問がある。そもそも医療需要を見込むのに画一的な数式を採用するのがふさわしいのか。京都府は国が必要病床数推計にあたって、「推定する病床稼働率を全国一律に設定するなど画一的な基準が採用」されているとして、ガイドラインの見直しを求めている。そもそも地域が必要とする医療提供体制の姿は、各々の社会経済状況や人口動向を反映し、なおかつ住民や関係者の意見に耳を傾けることなしには導き出せない。
また、レセプトデータは医療機関にアクセスできた人たちの実績数値に過ぎず、アクセスできない層の潜在的な医療ニーズを反映しない。需給見込みに使うには不十分なデータである。
そんな不十分な根拠で病床数を一方的に推計し、財政抑制圧力をかけて病床削減を迫る。その受け皿である地域包括ケアシステムは、自治体と医療・介護関係者にまる投げされる。
こうした国の手法を批判し、自治体と医療者が住民とともにわが町に必要な医療資源の在り方を示す取り組みが、今求められている。
※1 今回示された「推計結果」は「医療機関所在地ベース」と「患者住所地ベース」の2通りがある。前者は、他府県からの患者の流出入を反映させたものであり、後者は都道府県内で「完結」することを想定したもの。ここで取り上げた数字は前者に依る。
※2 回復期については、回復期リハビリテーション病棟入院料を算定した患者数を「加算」して推計していると説明されている。
図1
図2
表
〈3つのパターン〉
パターンA:全ての構想区域の入院受療率を全国最小値にまで低下させる。
パターンB:構想区域ごとに入院受療率と全国最小値(県単位)との差を一定割合解消させることとするが、その割合については全国最大値(県単位)が全国中央値(県単位)にまで低下する割合を一律に用いる。
パターンC:以下の要件に該当する構想区域については、上記AからBの範囲内で定めた入院受療率の目標の達成年次を2025年から2030年とすることができることとする。その際、2025年においては、2030年から比例的に逆算した入院受療率を目標として定めるとともに、2030年の入院受療率の目標も併せて地域医療構想に定める。