見つめ直そうWork Health(18)吉中 丈志(中京西部)
労災隠しと研究者
企業は労働者の労災申請に対して、「これまで職業病を訴える従業員は一切なかった」と述べて否定した。多くの苦労の末、労働者が二硫化炭素中毒の業務上認定を勝ち取ったことはこれまで紹介した。すると一転して企業自身が労災申請を行い、6人が認定された。このような対応には、労働者の健康に責任を負う企業姿勢は感じられない。おまけに、労災認定患者が出た後に実施された企業健診でも前回紹介した被災者たちは見逃されていたのである。これは労災かくしと言ってよいのではないか。
労災保険は、業務による負傷、疾病、障害、死亡を対象に、被災労働者と遺族に対し必要な給付を行う制度である。労働者災害補償保険法に基づいている。労働者を一人でも雇用する事業主は労災保険料を支払い、被災労働者は労災保険によって補償給付を受けることになる。労働者の補償を確実にするために、保険によって事業主の直接的な補償義務を免除しているのである。もちろん企業は、労働環境に問題がある場合には労働安全衛生上、必要な改善措置を取らなければならないが、これはコストの上昇に直結する。企業が二硫化炭素中毒を認めたくない理由はここにある。そのため、厚生労働省は労災かくしを厳しく告発している。
裁判では現場の労働者の証言によって、防毒マスクの不備、安全教育軽視、形式的な検診などの実態が明らかになった。工場の現場検証も行われた。あらかじめ除外されていたいくつかの紡糸室も、原告側の強い要求で見ることができた。リボン室だけは最後まで見せるわけにはいかないと言われたが、それでも労働環境が劣悪であることを裁判官に強く印象付けた。
最大のポイントは二硫化炭素(CS2)濃度であった。しかし、換気をして測定すれば下るため、労働環境モニタリングとしての信頼性は低い。結局、労働者の個人暴露量が測定できればもっとも適切ということになる。
この点に関して、企業と産業医の癒着を示す化繊協会の資料を入手することができた。CS2関係会社による臨時運営委員会(1988年12月7日)と、同産業衛生研究会(産業医がメンバー 同年11月15日)の報告である。重要注意文書と記されている。
熊本(興人八代)で提訴された事例について同年11月7日に意見交換を行い、原告は業務外と結論したこと、「暴露の指標としての尿中の二硫化炭素濃度」(北里大学 関医師)の論文はCS2問題の状況を勘案して投稿を見送ること、ユニチカ関係民事裁判の動向報告などが記載されている。論文発表に介入する企業、これに迎合する研究者の様子が見て取れる。
二硫化炭素の生物学的モニタリングとして注目されていたのは、代謝産物TTCA(2・Thiazolizine-4・carb oxilic acid)である。この測定法が改良され、1988年ごろには産業衛生学会で報告されるようになった。これを用いた「予備調査の実施要項」を見て驚いた。「防毒マスクを着用しない2工場に協力をお願いする」とある。レーヨン工場の防護対策は、このようなものだったわけだ。労災かくしに加担するばかりか、危険を放置したまま、このような調査を実施することは二重に非倫理的である。