続 記者の視点(49)  PDF

続 記者の視点(49)

「橋下敗北」から学ぶこと

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
 反対70万5585票、賛成69万4844票。差は1万0741票(0・77%)というきわどい結果ながら、大阪市の解体・特別区設置案は、住民投票で否決された。
 「都構想」という制度が選択されなかったというより、橋下徹市長の政治的敗北である。「否決なら政界引退」と公言し、信任投票の意味を持たせたのは彼自身だった。
 年末に市長の任期を終えた後、彼がテレビに出て放言しまくるのか、安倍政権の改憲仕掛け人にスカウトされるのか、臆測の行方はわからないが、大阪市民が投じた1万票余りの差が、憲法の将来にも影響する歴史的選択になったことは間違いない。
 “都”制の採用自体は、大都市の制度の選択肢としてありうると筆者は考えていた。ただし、一つの市をいくつもの特別区に分割すれば、区の庁舎や議会や管理部門のコストが余分にかかると見るのが自然で、府との二重行政のムダを省けて財源が生まれるという主張には無理があった。
 そもそも今回の「都構想」は、橋下氏が知事の時代に、大阪市長と意見の食い違いが増える中で、ぶち上げた。それを大義名分に地域政党を作り、地方選に勝った勢いで国政にも進出したのだが、本当のところは自分たちが大きな権力を握るための手段にすぎなかったのではないか。
 それでも、彼の勢いに変革を期待した市民は大勢いた。現状への不満は強いのだ。
 ではなぜ、僅差ながら橋下氏は敗れたのだろうか。
 一つは市長として現実に進めてきた施策である。競争至上主義・民営化主義・財政支出圧縮によって福祉・医療・教育・市民活動の事業は削られ、とくに社会的に弱い人々に厳しいものとなった。反対票が多かったのは、相対的に所得の低い人の多い市の南部と西部、そして女性、高齢者だった。
 もう一つは政治スタイルだろう。橋下氏自身が記者会見で「僕の態度ふるまい」を敗因に挙げたのは的確である。
 意見の違う相手に対話や説得を試みるのではなく、攻撃する、やりこめる、つぶす。ルールに従ったスポーツではなく、使える道具は何でも使う泥仕合のケンカである。
 法定協議会の委員を強引に維新の議員に差し替えた。議会で構想案が否決されると、気脈を通じた首相官邸ルートから創価学会への工作で公明党の態度を変えさせた。
 しゃべりで勝てばよい、力で勝てばよい、数を得ればよい。あらゆる手を用いる。そこには「他者の尊重」「共同体意識」が欠落している。
 民主主義の本質は、個人の尊厳と平等にある。自分も他者も尊重する。多数決にすべきこともあるが、多数で決めてはいけないこともある。
 攻撃的な言動で威勢良く見せ、力まかせ、数まかせ、批判者はつぶしにかかる。政治に限らず、そういう勢力は幅をきかせているし、今後も新たに登場するだろう。
 それに抗して、人間の尊重と対話を基調にした社会のためにどれだけの人々が手を結べるか。沖縄の情勢と並んで大阪は、貴重な経験である。
 (個人の論考であり、会社とは関係ありません)

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