事例から医療事故調査を考える
正式裁判で証拠開示を請求して!
医療事故調査では、医療経過のみならず、死因の解明と結果回避の方策が重要となる。関連する公訴事例を示す。
妊娠第37週の女31歳は、2000年8月30日自宅で前期破水し、翌31日午前10時ころX産婦人科医に受診し、胎児の感染症防止に陣痛誘発剤で同日出産と診断され、入院してプロスタルモンE錠RおよびプロスタルモンF注射液Rが投与された。午後2時30分頃から徐脈傾向が見られ、胎児仮死を懸念して3時過ぎに急速遂娩法にクリステル法および吸引分娩法を施し、3時26分男児を分娩した。分娩直後、胎盤受けに約300mlの血液があり、ホスピタルマットには羊水・血液が780g染み込んでいた。午後4時頃からラクテックR輸液と子宮収縮剤パルタンRが開始され、4時30分頃病室に戻った。ナプキン交換時40gの新たな出血が確認され黒っぽい色であった。5時20分ナプキン交換時200gの出血が認められめまいの訴えがあり脈拍92/分(以下省略)であった。5時45分ナプキン交換時300gの出血が認められ収縮期圧60�Hg(以下省略)、脈拍92で、6時頃Xに報告され、パルタンR筋注と分娩室への移送が指示され、6時8分頃に診察開始され、血圧65/58、脈拍61で、パルタンRが側管静注された。6時15分血圧65/53、脈拍35で、点滴をラクテックR輸液全開とパルタンR点滴30滴/分の二股にして、6時16分子宮内容清掃術を行い、膣鏡を用い内診し710mlの出血が確認された。6時20分昇圧剤エフェドリンが側管静注され血圧98/81、脈拍160となったが、2分後に収縮期圧66に低下した。6時40分に子宮頚部に子宮収縮剤を筋注し、43分血圧163/125、脈拍37となったが、47分収縮期圧68に低下し、輸液やエフェドリンの注入がなされた。7時5分酸素投与され、15分に輸血用血液を手配し、25分ナプキン交換時に170mlの出血を確認した。35分意識不明となり、53分心停止し、気管内挿管の上、心マッサージし、大学病院に応援要請し、8時15分輸血が開始され、17分麻酔科医師2人が到着し蘇生措置に当たった。42分腹部が膨満し、9時に肺水腫が生じ、10時10分死亡確認された。
司法解剖では、死因は子宮頚管裂傷による出血性ショックと鑑定された。
検察官は、(1)内診・視診を十分行わず、子宮頚管裂傷を見逃し、(2)ショック時に十分な輸液の実行と輸血用血液の手配を怠り、(3)高次医療機関に転送しなかった過失を根拠に、罰金刑の略式命令を請求したが、有罪では後日医業停止の行政処分も生じ、Xは正式裁判を申し立てた。
裁判所は、(1)子宮頚管裂傷とするには、出産直後から持続的な鮮紅色の出血でなく、開示されたホルマリン固定標本や解剖時写真からは明瞭に判別できないとする産婦人科医師の証言(3人)や鑑定意見書があり、また、(2)Xは、午後6時16分時点で、5時45分頃からショック状態であったと認識して、すでに開始の輸液に同等を追加投与し、転送は決断可能としても、要搬送時間や搬送先での出血原因・部位の特定と止血治療開始までの診療経過を考えれば、すでに輸血だけで救命可能な状況になく、救命の確率は不明ないし高くなく、輸血の手配と転送で救命可能とするには、合理的な疑いが残るとして無罪とした(名古屋地判平19・2・27、飯田英雄『刑事医療過誤㈼[増補版]』542頁、判例タイムズ社、2007)。
(理事・宇田憲司)