犠牲押しつける原発許すな 小出裕章氏が現役最後に講演
バイバイ原発3・7きょうとのメイン集会(本紙2926号既報)に引き続き、バイバイ原発3・7きょうと関連企画と題した講演会を協会がシルクホールで開催。京都大学原子炉実験所助教(3月で定年退職)の小出裕章氏を講師に、「フクシマのいま—あまりに愚かな原子力」と題した講演会を開催した。京都府歯科保険医協会、バイバイ原発きょうと実行委員会との共催。
バイバイ原発講演会
小出氏はまず、事故は収束していないことを強調。東北を中心に、広大な地域が放射線管理区域にしなければならないほどの汚染を受けたことを解説した。こうした事態を許してしまった私たちは、まず何より子どもたちを被曝から守ることを最優先に考えなければならないと強調した。
また、大飯原発差し止め訴訟で福井地裁判決が出した判決文には、電力供給の安定性、コストの低減につながるとして、原発を再稼働させようとする電力会社に対し、多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代は、並べて論じるべきものではないとしていること。豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが、国富の喪失であると断じていることを高く評価した。
原子炉が生み出す放射性物質の無毒化の研究はこれまでずっと続いてきたが、いまだに成功していない。無毒化するには、個人の時間スケール、国家の時間スケールまでもを超越しないといけないことから、実質管理は不可能だとした。
原子力に反対するのは単に危険だからではなく、徹頭徹尾、無責任で他者に犠牲を押しつけるからだと強調。平常運転時の労働でも、9割をはるかに超えて下請け・孫請け労働者が被曝をさせられている。原子力発電所や核燃料サイクル施設は、決して都会には作ることができず、過疎地に押しつけられている。そして、事故が起きてしまえば、その地域の人々が苦難のどん底に落とされる。
その上、日本で「原子力」と呼ばれているものはもともと「核」と同じものであり、原子力を選択してしまう限り、核兵器と縁が切れなくなる。日本という国は、意図的に「原子力の平和利用」を標榜しながら「核兵器」を保有する技術・能力を持ちたいと思ってきたとし、力の論理では世界の平和は守れない。原子力が抱える真の問題は、それが差別や平和と深く関わっていることだと力強く訴えた。