「日本医学会総会2015関西」に対するアピール企画を開催
過去を反省し「医の倫理」は人権擁護の観点で
医の倫理—過去・現在・未来—企画実行員会は4月12日、「歴史を踏まえた日本の医の倫理の課題」を開催。定員を大きく超える347人が出席した。同時にインターネット配信も行われ518人が視聴、リアルタイムで計865人が参加した。同実行委員会は、協会の垣田さち子理事長が代表を、吉中丈志・飯田哲夫理事が副代表を務めるなどしている。今回の企画は、京都で3回にわたり開催された「医の倫理ゼミ」など、日本医学会総会2015関西に向け近畿各地で行われた一連の取組みの集大成と位置付けられたアピール企画である。
731部隊の全容に迫るドキュメンタリーを上映
催しは午前と午後の2部構成。午前は垣田代表のあいさつの後、元テレビ朝日報道局報道センター特報部ディレクターで、現NPO法人731部隊・細菌戦資料センター共同代表の近藤昭二氏の解説により2本のドキュメンタリービデオ「日本陸軍の深い闇 陸軍731部隊の真実」「許されざるメス〜九州大学生体解剖事件〜」が上映された。
執筆を振り返り731を考察
続いて『731 石井四郎と細菌戦部隊の闇を暴く』の著者で、ニューヨークで活動するジャーナリストの青木冨貴子氏が「731部隊の戦後と医の倫理」と題した特別講演を行った。青木氏は、米国が手に入れていた731部隊の研究レポートを発掘したアメリカ人ジャーナリスト、ジョン・パウエル氏との出会い、石井四郎氏が密かに残した2冊の「終戦メモ」を入手したことなどが大きかったと、執筆の過程を振り返った。
そして、この課題は決して終わっていない。日本だけでなく、各国とのネットワークを構築し、真実の追求および解決に向けた研究が必要な時代になってくるのではと述べた。
過去と真摯に向き合う姿勢を
さらに、精神科医で立教大学現代心理学部教授の香山リカ氏の司会で青木、近藤両氏による対談が行われた。近藤氏は、731部隊について、ソ連対日参戦により撤退が図られ、大本営参謀の朝枝繁春氏から証拠隠滅が命令されたこと、石井四郎氏が撤退を前に秘密を守るよう部隊に伝えたことなどから日本における資料等の入手が極めて困難な状況であり、取材は断片をつなぎ合わせるような作業であったとの体験談が話された他、青木氏は石井氏らが密かに残した731部隊の資料を巡っては、米ソ2大国による入手に係る駆け引きがあり、当時の部隊幹部たちが結果として戦犯訴追を免れることとなり、戦後も日本医学界の要職に就いていったものが多数であったこと。石井四郎氏自身も含め、その後に倫理的な反省を感じていたかどうか実際のところは不明であること等、戦時下に行われたことが、整理・完結されていないことは問題とした。香山氏は、時間とともに戦争体験を直接伝えられる人が少なくなる中、今後もメディアが取り上げていくことが重要と締めくくった。
シンポジウム 歴史を踏まえた日本の医の倫理の課題 未来に繋げるために過去の克服を
午後からは、吉中副代表の司会でシンポジウムが進行した。コーディネーターは大阪市立大学大学院文学研究科准教授で、生命倫理学を専門とする土屋貴志氏。参議院議員の川田龍平氏、東京大学大学院総合文化研究科教授の石田勇治氏、健保連大阪中央病院顧問の平岡諦氏がパネリストを務めた。
「戦時下医学犯罪の検証を」と土屋氏
土屋氏は「15年戦争期における日本の医学犯罪を検証することは医療倫理にとってどんな意義をもつのか」と題して発言。研究倫理の真の意義を理解することの欠如が、昨今のディオバン問題等にもつながっている。日本の医学界では15年戦争期の医学犯罪はいまだタブー視され、犠牲者に謝罪し遺族に償いをしない限り、日本とその医学界は医学研究倫理を語る資格などないと断じた。
「被験者保護の法制化目指して」と川田氏
川田氏は、薬害エイズ渦を引き起こしたミドリ十字社(当時)は関東軍731部隊の中枢にいた内藤良一氏が設立したもので、その「気風」が受け継がれているとした。自身の経験も紹介しながら、政官業医の癒着を鋭く批判。被験者保護のために自身が法制化を目指す臨床研究適正化法(案)の成立の必要性を訴えた。
「独と向き合い方に差あり」と石田氏
石田氏は「ドイツの『過去の克服』から何を学ぶか」と題して同じ敗戦国であるとドイツと比較して発言。ドイツが積極的に過去への責任を取る姿勢を示したのはそれほど早い時期ではない。しかし、決定的に異なるのは加害責任に対する道義的な向き合い方である。政治指導者が繰り返し反省の姿勢を示し、徹底した歴史教育が行われている。戦時下医学犯罪は、戦時下だから起こったとは必ずしも言えず思想・理念の影響も大きいのではないか、との問題提起もした。
「人権尊重から擁護へ」と平岡氏
平岡氏は「『患者の人権尊重』から『患者の人権擁護』へ—人権意識の変革を」と題し発言。日本医学会は自らの戦時下医学犯罪を今日まで検証・反省せずにきた。世界医師会が医の倫理として患者の「人権擁護」を謳っているにもかかわらず、日本医師会の医の倫理綱領では「人権尊重」に留まっている。これらを克服することによって初めて様々な医療問題の解決、医療不信の払拭につながるとした。
「今」に繋がる全時代的課題
その後、フロアも交えたディスカッションが行われた。フロアからは、今国会で提出されている医療保険制度改革法案に盛り込まれた「患者申出療養」に対しても危機感が示されるなど、医の倫理が戦時下に限らない全時代に普遍的な課題であることが浮き彫りとなった。シンポジウムでは医の倫理綱領について、その主目的が被験者保護であることを理解できずにいることが問題であり、「人権」に係る課題だと示唆された。
当日は日本だけでなく、東アジア各国のメディアも多数取材に訪れた。韓国のKBS、SBS等が即日で報道した他、中国の新華社通信もニュースを配信し、関心の高さが伺えた。
なお、同会場のギャラリーでは、「戦争と医の倫理」の検証を進める会がまとめたパネル展示も同時に開催。多くの観覧者が訪れた。
以下に寄せられた参加者の声(抜粋)を掲載する。
▽こういった情報が医師へ伝えられないことが問題です▽私は団塊の世代で戦前のことは全く知らないが、もっと下の世代になるとより無関心になるということを感じている▽母が日赤の従軍看護婦で中国にいた当時、中国人の捕虜を医学実験に使った話を聞かされた▽真実を追求することの意義がわかりました▽なぜ医療界という独特の人間関係があるのか。歴史的背景はどこにあるのか。医療にかかわる者として知っておきたいと思います▽人を人として扱うという倫理の根本原理のお話を聞くことで、少し見方が整理されたように思います▽この企画をこの時期にやることが、医療を良くするための運動なのだということを心に留めておきたいと思います。
また、同日の模様をご覧いただけるよう報告ホームページを作成中。準備ができ次第、本紙にて案内する予定だ。