続 記者の視点(44)
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
国民にお金を回さないと経済は回らない
思いもよらない時期に、総選挙である。衆院解散の理由はともかく、安倍政権に対する審判の機会である。
争点はたくさんあるが、最大のテーマは、やはり国民生活に直結する経済政策だろう。密接に関係する税制、社会保障、雇用・労働まで含めた政策のあり方が問われる。
「アベノミクス」が実際にやってきたことは、㈰金融緩和で通貨供給量を増やし、円安、株高に導く。公的年金の運用資金も株に動員する㈪公共事業に巨額の財政支出をする㈫法人減税で企業の純利益を上げる㈬消費税を8%に上げた——といったところだ。
現時点の結果はどうか。
自動車など輸出中心の大企業と、株式投資家はもうかった。しかし中小企業、輸入・流通業界は苦しい。有効求人倍率は改善したものの、非正規と高年齢の雇用が中心で、実質賃金は下がり続けた。結局、GDPは減少している。
どこに問題があるのか。お金が一部にため込まれ、雇用・賃金→消費の循環が小さいこと、産業政策が乏しいことだと筆者は考える。
この間の株価の上昇、配当の増加で大企業、金融資本、富裕層はずいぶん富を蓄積したが、株バブルのような形で抱え込んでおり、賃金アップにも国内投資にも回らない。円安で海外への価格競争力が高まっても、新しい技術や商品の創造が少ないから、輸出もたいして伸びない。
一般国民は賃金抑制と医療・社会保障の締め付けで、使えるお金が減った。それに加えて消費税を上げ、法人税を減らしたため、所得の再分配が機能しないどころか、逆の再分配が生じている。
90年代後半から、企業は人件費を切り詰め、労働力の安い途上国に製造を移してコストダウンを図った。購買力の下がった国民は、ますます安い輸入品で間に合わせる。個々の利益追求が社会全体の経済にはマイナスに働く「合成の誤謬」であり、グローバル経済の矛盾である。
そういう構造が根底にあるのに、富める者をさらに富ませる政策を進めても、富める者ほどため込むから、お金は全体に回らない。
どうすべきなのか。
まず、ため込まれたお金を全体に回す「介入」が必要だ。労働分配率を高め、余暇時間を増やす雇用労働法制。税制と社会保障を通じた再分配の強化。それらによって、人口の多い一般国民の購買力を高め、内需を増やす。
もう一つは産業である。付加価値を付けて富を増やすのは労働であり、労働への分配が経済を回転させる。国内の雇用に結びつく質の高い産業を育てることが重要だ。医療・介護・福祉・教育はその代表格である。公的支出が増えても、その支出は賃金・消費になって全体に回るから、多くは税金で回収できる。
海外からお金を稼ぐ輸出産業も必要である。価格よりも、革新的な技術・デザイン・品質で勝負していく。
目先の企業利益や金融ゲームではなく、中長期の産業づくりの構想を立て、教育・研究・開発への投資と支援をしてこそ、「戦略」である。