続 記者の視点(43)
読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平
「患者申出療養」は研究と呼べるものか
「外国にある薬を使ってみたい」と患者が言うから、臨床研究の形をとって試してみる。それは研究の名に値する内容になるだろうか。
「患者申出療養(仮称)」という新たな保険外併用療養制度を、規制緩和の一環として安倍政権が6月に打ち出し、10月22日から中央社会保険医療協議会で審議が始まった。年明けの通常国会に関連法案を提出したいという。
患者の選択肢を広げるという名目で、とにかく混合診療を拡大することを目的に作られた案である。このため、将来の保険範囲の抑制、民間医療保険の参入といった政策的観点からの批判が多いが、筆者はむしろ、医学研究のあり方として不安を覚える。
新制度の流れはこうだ。
㈰患者申出療養として前例がない診療は、臨床研究中核病院が患者から申出を受け、国に申請する。国が設ける専門家の合議で安全性・有効性を確認し、原則6週間で可否を判断する。
㈪前例がある診療は、臨床研究中核病院のほか、患者に身近な医療機関が患者から申出を受け、前例を取り扱った臨床研究中核病院に共同研究を申請する。原則2週間で臨床研究中核病院が判断する。
例示されているのは、国内未承認の医薬品の使用や国内承認済み医薬品の適応外使用だが、範囲は限定せず、医療機器や新しい手術法も対象になりうる。臨床研究中核病院は現在の15カ所だけでなく、追加していくという。
厚労省保険局に尋ねると、新制度の対象は、個々の患者への診療であると同時に臨床研究であり、中核病院は研究実施計画書を作成する。国の審査は、医学論文による安全性・有効性の報告や海外での薬事承認が前提となる。
少なくとも中央での倫理審査はあるわけだが、中核病院の倫理審査委員会で審査を経るのかは、はっきりしない。
医薬品や医療機器は「薬事法による治験→承認→保険収載」、医療行為は「臨床研究→先進医療→保険適用」の順に進めるのがルールだが、新制度は、治験や先進医療の前段に行う臨床研究にも保険併用を認めることになる。
筆者は、被験者保護の法制度と倫理審査体制を整備すれば、臨床研究を保険外併用にしてよいという考えだが、前提条件が不十分だ。
しかも今回の案で不可解なのは、医療側からの提示でなく、「患者の申し出を起点とする」と強調している点だ。メディアやネット、口コミなどで保険外の薬や治療法を知った患者が「受けたい」と言い出したのを受け、研究計画をこしらえることになる。
患者申出という妙なネーミングの下で、自由な意思による参加の取り下げ、同意の撤回は可能なのか。被害が起きても患者の自己責任で片づけられないか。また医薬品の場合、統計的な評価方法を明確にしないまま、科学性を担保できるのか。「使ってみた→よかった」という程度なら、研究というより実験医療だ。
医学研究の諸原則にも照らして吟味する必要がある。