新連載 見つめ直そうWork Health(1)  PDF

新連載 見つめ直そうWork Health(1)

 
吉中 丈志(中京西部)
 
 慢性二硫化炭素中毒や過労死問題など労働者の病気と健康問題に取り組んできた筆者が、「職業病は実は生活習慣病?」と考えを新たに。この連載では、豊富な臨床経験から「仕事と健康」をテーマに考えを述べていただく。
 
吉中丈志氏 1952年山口県生まれ。京都大学医学部卒業。2002年から京都民医連中央病院院長、13年から京都府保険医協会理事。総合内科専門医。循環器専門医。プライマリケア連合会指導医。著書に『仕事と生活習慣病』(経営者新書、幻冬舎)『地域医療再生の力』(新日本出版、共著)など。
 
ラマッチーニ、現代に蘇れ
 
 ラマッチーニと言えば職業に起因する疾患を研究した医師として有名である。現在では産業医学の父と呼ばれ、産業医大には彼の銅像が建てられている。
 彼は1700年に「働く人々の病気」を著した。「働く人は自分の職業から少なくない害を受け、長生きして家族を養うための仕事から、大変重い病気にかかる」として「有害な物で引き起こされる病気、中でも鉱夫の病気、仕事場で鉱物を取り扱う者、すなわち金細工人、化学者、陶器師、ガラス製造人、鋳物師、錫取扱人、画家などの病気から述べることにしよう」と始めている。実に53の職業をあげ、どのような病気が多くみられるか、その原因は何か、治療はどうすればよいか、などについて述べている。また、それまでの病気や治療に関する考え方をプラトンなどまでさかのぼって吟味しているのも大きな特徴である。当時の病因論はギリシャ時代のヒポクラテスなどの生気論的な考え方が主流であったが、働く人たちが罹る疾患を詳細に記述して分析することを通じて、初めて実際的な病因論を打ち立てたと言ってもよい。
 「生活の糧を得るための仕事により、働く者が病気にかかることは珍しくないが、その多くは二つの主な原因によると考えられる。第一の最も重要な原因は、使われる物の性質が有害だからで、それから有害なガスや有毒な微粒子が出て、人体の器官に特別の病気を起こすのである。第二の原因は体に無理な、乱暴な、有害な動作によって、人間という機械の自然の構造が受ける暴力であり、これが長くつづけば重い病気が起こる」という分析は現代にも通じる考え方である。実際、彼は仕事の場に出かけて状況を観察し、労働者や家族の話を聞くなど、フィールドでの研究を重視したのであり、それゆえに卓越した病気の観方ができたのであろう。
 私は60歳になったことをきっかけに、「仕事と生活習慣病」(幻冬舎新書)という本を著した。1978年に京都大学医学部を卒業後、京都民医連で研修し臨床医として働いて35年が経っていた。専門は? と聞かれれば循環器内科ということになるが、循環器医師としての専門を生かして慢性二硫化炭素中毒や過労死問題など、労働者の病気と健康問題に取り組んできた35年でもあった。それを整理してまとめる作業の中で、職業病というのは実は生活習慣病ではないのか、少なくともそうした側面があるととらえ直すことが必要になっていると考えを新たにした。そういう思いを受け止めていただき、日野原重明先生には「心と体が健康になる働き方。忙しい人にとっての必読の書」と帯に書いていただくことができた。昨年本誌では増田道彦先生が書評を書いて下さった。
 慢性二硫化炭素中毒は「使われる物の性質が有害」であるために引き起こされた病気であり、ラマッチーニがいう第一の原因によるものである。過労死は「体に無理な、乱暴な、有害な動作」によって人間が受ける「長く続く」「暴力」によって引き起こされるから、ラマッチーニがいう第二の原因によるものである。前者は原因が単一でわかりやすく対策も比較的立てやすいが、後者は過労自殺も含めて原因が多因子にわたるため対策も立てにくいという特徴がある。その意味では社会的な介入がより必要な病気だと言えるだろう。
 この連載では、私が経験したこれらの病気について一人の医師の臨床の経験として、その時々に考えたことを交えて述べてみたい。医学的な解説は最小限必要なことにとどめることにし、「ヒポクラテスがその戒めの言葉の中で述べているように、『報酬をもらわないで治療し、貧困な人を助ける』、あらゆる技術の中で一番すばらしいわれわれの技術(医学と医療:筆者)は、この責任を果たさなければならない」と述べるラマッチーニにならいたいと思う。

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