医師が選んだ医事紛争事例(5)
注射針を交換しても再使用?怒る患者の両親
(4歳女児)
〈事故の概要と経過〉
インフルエンザ予防で、患者と患者の2歳になる妹に予防接種を施行した。その方法は同一の注射器に姉妹連続での接種だった。注射施行は姉が先か妹が先かは不明だったが、注射針は交換していた。
患者側は、父親が同一の注射器を使用したことについて、万一、感染症に罹患したら責任を取れと、脅迫とも解釈できる暴言で医療機関側を脅してきた。なお、患者の母親は看護師で勤務先の病院では注射器本体も患者1人に1個としていると主張した。
医療機関側としては、患者2人とも実際に感染症に罹患した事実はなく、今後もその可能性は極めて低い。注射針は交換したが、注射器本体を交換しなかったのは事実で、その点については反省した。ただし、今回が注射の再使用に相当するか否か、違法か否かは判断できなかった。なお、注射器はA社製で、その使用方法の説明書に【禁忌・禁止】事項として、「再使用禁止」と銘記してあった。また、患者側と冷静な話ができる状態にないので弁護士対応も考えた。この件に関しては警察が介在して、患者がもし感染症に罹患した場合は、医療機関側が責任を持って対応する旨の念書を患者側に渡していた。
紛争発生から解決まで約1年2カ月間要した。
〈問題点〉
明確な注射器の「再使用」に相当するか否か、疑問の残るところではあった。しかしながら、患者の実損はないと医学的に推測できるとともに、患者側の要求が最後まで明確にならなかった。警察が介入したことで、医療機関側に緊張が生じ、半ば強制的に念書を書かされるに至ったが、当初の予想通り、感染に至らなかったので、問題は大きくならなかった。医療過誤の判断は、一般的に言って医療行為の「結果」ではなく「経過」で判断すべきであるが、今回は感染しなかったという結果が良かったので、医事紛争の拡大が防げた。
〈解決方法〉
患者側のクレームが途絶えて久しくなり、事実上、警察も関与しなくなったため、立ち消え解決とみなされた。