私のすすめる ナガラ中国語学習  PDF

私のすすめる ナガラ中国語学習

 
宇田憲司(宇治久世)
 
学習成果は実地体験で
 
 ケルン大学の整形外科に留学時、西欧諸国を巡る鉄道の旅を企てた。街角はこれまで習った英・独・仏語のアルファベットで溢れて不安なく、アテネではギリシャ文字が読めねばと、希独・独希辞典で発音だけ覚え役立った。
 一昨年の5月の連休に、協会の韓国医療視察団に参加し3泊4日ソウルを訪れたが、街はハングル文字に溢れて漢字がなく、「アニョンハセヨ?」の一言だけで押し通した。次の機会は、大連のハルビン市へ日本軍731部隊の遺品視察で、少しは中国語を話せるよう心した。そこで、前年の10月から、またNHKラジオ講座に勤しんだ。実は、中学2年生の頃に鐘ケ江信光講師の入門講座が12月に始まり、週日早朝5時半から15分間ずつ、翌年1月半ばまで発音編と年末年始の挨拶文などを勉強したが、難しくなり中途脱落した。当時は独語・仏語講座は通年で、週4日間の入門編と2日間の応用編からなり、スペイン語・ロシア語・中国語は4カ月間ずつ週6日間の入門編のみであった。その後、次女が大学生になり第二外国語が中国語で、ラジオ講座で発音練習をし、自分も2〜3カ月聴き直し、教科書のコピーを少しもらって初級文法を勉強した。
 この5月3日関西空港からハルビン直行便に搭乗し、中国語文典には同1月号のみ携行した。5日午後に黒龍江省社会科学院との交流会があり自分にも日本側9番目での挨拶と意見陳述が予定されていた。9番目では、大抵は先に語り尽くされ、蛇足は不要だが、「人類の生命は貴重である。その尊重を学びたい」との論旨を、受けも期待して中国語で語ることにした。機内で1月号を繰りながら合いそうな表現を写して草稿を作り、現地のガイド春燕さんに発音練習と文面推敲を頼んだ。
 文面は、「們好!我感謝們、們的歓迎為我們(皆さん今日は?皆さんに、皆さんの我々への歓迎を感謝します)。我叫宇田憲司(私の名前はウダケンジです)。我是骨外科医生(私は整形外科医師です)。我是現在従日本到了這里(私は、今日本からここへ来ました)。這里有一共二十六個日本人(ここに計26人の日本人がいます)。們是中国人、不是日本人(皆さんは中国人で日本人ではありません)。那、們和我們一起歓聚在這里(しかし、皆さんと我々は共にここに集まっています)。我們都是人類(我々は皆人類です)。我想我這里喜歓学習怎麼、我們要知、人的生命都很宝貴?!(如何に大変人の生命が貴重なものであるかを、我々は知る必要があり、ここにそれを喜んで学びたいと思います、そうではないですか?!)。対(そうです)。謝謝(どうもありがとう)。(拍手)」とたわいないものであった。何処かの国に往き、そこの誰かと言葉を交わす。その際、その人々の言葉を少しは用意しておきたい。

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