理事提言
予期せぬ死亡には解剖が必要!
診療経過への意見表明は法律家に諮問してから
医療安全対策部 宇田憲司
4歳9カ月男Aは、1999年7月10日午後6時5分頃、綿菓子の割り箸を咥えたまま走行し転倒した。割り箸は本人が抜いて捨てたと目撃され、救急車で杏林大学附属病院の救急救命センターに搬送され、担当の耳鼻咽喉科医師Yの診察を受けた。隊員からは、割り箸の持参なく、途中1回嘔吐したと申告され、診察前にも1回あり、ぐったりした状態(意識レベルJCSI−1・2)であったが、他に異常な神経症状はなかった。そこで、Yは軟口蓋の刺創部に消毒薬を塗布し、抗生物質等を処方して帰宅させた。翌日午前6時頃まではAは母親の問いかけにも答えていたが、7時30分頃唇が真っ青で反応なく、救急車到着時には心肺停止で、再度搬送された同センターで9時2分に死亡した。
死後の腰椎穿刺は血性で、頭部CT検査で後頭蓋窩に硬膜外血腫と空気がみえたが、割り箸の像はなかった。
司法解剖では、7・6cmの割り箸片が左頚静脈孔から頭蓋内に刺入・残存し、左内頚静脈が挫滅して内腔が閉塞し、左S字状静脈洞から横静脈洞まで血栓形成がみられ、静脈環流障害により致命的な高度の脳浮腫が生じたとされた。脳は重量1510gで脳浮腫と脳回の扁平化があり、頭蓋内圧の亢進が示唆された。左小脳半球前面のくも膜損傷2�と実質損傷深さ約3・5cmがみられた。硬膜下出血が主に左小脳天幕下に計24ml(26g)みられ、小脳扁桃ヘルニアと上行性テント切痕ヘルニアがあり脳幹圧迫も示唆された。
そこで、転倒からの事情や児の症状から、YにはAの上咽頭部にファイバースコープで割り箸を探し、頭部CT撮影して頭蓋内損傷を確認して、脳神経外科医師に引き継ぎ、割り箸除去等の治療処置をさせるべき注意義務を怠り、Aを脳損傷・硬膜下血腫・脳浮腫等の頭蓋内損傷群により死亡させたとして、2002年業務上過失致死罪により起訴された。
第一審では、医師に「病態を慎重に観察して把握する」基本的・初歩的作業を怠った診察・検査上の過失を認めたが、硬膜下血腫を死因とはせず、硬膜静脈洞の血栓形成からの致命的な高度の脳浮腫による死亡で、手術実施による救命・延命は困難で、死亡への因果関係には合理的な疑いを残し、無罪とした(東京地判平18・3・28、飯田英雄『刑事医療過誤II[増補版]』726頁、判例タイムズ社、2007)。控訴審では、児の傷害経過・症状・所見から、当時の医療水準に照らして、第一次・第二次救急当直の耳鼻咽喉科医師に患児を初めて見た段階で、直ちに頭蓋内損傷を疑ってCT検査などする注意義務はないとして医師の過失を否定した。また、割り箸は軟口蓋から側面の筋層内に刺入しており、上咽頭腔の貫通は否定された。CT検査をしても、患児の救命・延命が合理的な疑いを超える程度に確実とはいえず、無罪が維持され確定した(東京高判平20・11・20、判タ1304号304頁)。
割り箸の頭蓋内刺入は、司法解剖時に発見され、解剖なしでは病因・死因の究明が困難な事例で、予期せぬ死亡や不明死ではその実施が重要となる。警察・検察庁を含め、一般的・社会的には、予見可能性や結果回避可能性を抽象的に措定して過失を問いやすく、医学的・医療的水準を超える措置が期待され、不良な結果を伴う場合は不実施への指断も生じやすい。客観的・具体的な標準的医療水準に基づく実施や説明を要する。上記の究問では、法律上の責任にも連動するので、客観的な事実経過の申告を超えて、その評価についての意見が、特に明文で求められた場合は、想定し得る法律上の効果について法律家に諮問し検討した上、回答が必要である。