医療訴訟の傾向について思うこと(6)
莇 立明(弁護士)
判例の読み方について—事案の特徴を良く見る
医療訴訟においては裁判所の判例は格別に重視される。判例は、各科ガイドラインや専門書類、雑誌類などと共に医師の過失判断の準則として機能している。医療の各科、各部門に多岐にわたって広がっている医事紛争や医療訴訟の、個別具体的な案件において、同種類事案の裁判所判例が法律実務界市場に公表されれば、同種案件の解決指針を模索している関係者にとっては見逃せないことである。特に、それが最高裁判例ともなれば、中身にもよるがその影響は大きい。全国各地の下級裁判所で医療訴訟に取り組む弁護士や裁判官たちの注目を引くことは当然である。
2005年9月8日最高裁第一小法廷が、逆子死亡訴訟で医師側勝訴の高裁判決を破棄し妊婦側勝訴の判決を言い渡して注目されたことがあった。その要旨は「帝王切開術を強く希望していた夫婦に経腟分娩を勧めた医師の説明が、同夫婦に対して経腟分娩の場合の危険性を理解した上で経腟分娩を受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき義務を尽くしたものとはいえない」として夫婦に逆転勝訴をもたらしたものであった。
さて、経腟分娩とは児が頭部から産まれる普通の正常位分娩である。お腹にメスを入れる帝王切開ではない。かかるありふれた普通の分娩において、医師が夫婦に対して、なぜ「経腟分娩の場合の危険性を理解させた上で、それを受け入れるか否かについて判断する機会を与えるべき」義務があるとまで言われるのか。この最高裁判例は、厳し過ぎることを医師に求めているのではないかとの疑問が出そうである。この場合の「理解させるべき経腟分娩の危険性」とは何であるのか。良く分からない。そこで全文に目を通すと、ところがである。この判例の事例は「経腟分娩」と言っても逆子の場合であった。逆子は、児の頭が子宮の奥にあり、出産過程では児の足やお尻が先に出てくる。頭は最後に出るのである。臍帯−へその尾は、頭が先に出てくる正常分娩では、普通は頭に遅れて児の体の軟部部位とともに出る。ところが骨盤位−逆子の場合は、へその尾は頭より先に出てくる足やお尻とともに降りてきて、出口の骨盤との間の隙間があるから、外へ出てしまう可能性がある(臍帯下垂、臍帯脱出)。胎児の頭が出るのは最後であるから、へその尾の根っこの部分は頭と一緒に最後に出ざるを得ないこととなる。頭が骨盤一杯の隙間なしであればへその尾がその間に挟まってしまう。胎児は無酸素状態となり「窒息死」する危険が生ずる。逆子でなければ頭に遅れて上手く出るのに、逆子であるために、へその尾が上手く出ないようになっている。まか不思議な出産の摂理である。驚いたことであるが、最高裁の判例は、この骨盤位−逆子分娩の摂理を医師の説明義務とし、説明しないでの事故に対して賠償責任を宣言したのである。それなら良く分かった。判例は、要旨のみでは理解しがたいものもある。全文を読んで事案の特徴を正しく掴むことが大切である。