続 記者の視点(35)  PDF

続 記者の視点(35)

パワハラを生む「優位性」の意識

読売新聞大阪本社編集委員 原 昌平

 セクハラに続いて、パワハラが職場で問題にされるようになってきた。

 厚労省が設けた「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の提言(2012年3月)は、パワーハラスメントについて「職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、身体的・精神的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」と定義している。

 昔からあった問題だが、新しい言葉によって問題が社会化された。パワハラに絡む労働相談、労働審判、労災請求、訴訟は急増している。

 人の尊厳・人格を傷つける行為は、メンタルヘルスに深刻な影響を及ぼすだけでなく、モチベーションや生産性を低下させる。医療・福祉もパワハラの多い業種であり、十分な対策が求められる。

 なぜパワハラをするのか。地位が高ければ威張ってよいと思っている連中もいれば、人格否定的な言い方も指導のうちと考えている上司もいる。自分のストレスを部下にぶつける場合もある。

 いずれにせよ、攻撃された側が真っ向から反論・抵抗しにくい立場にあるという「優位性」がポイントである。

 部下や同僚による言動も、場合によってはパワハラになる。部下という立場が優位性を持つこともあるからだ。

 考えてみれば、立場の優位性を背景に人を傷つける行為は、職場内だけでなく、社会のあちこちに存在する。

 威圧的で粗野な警察官。市民や業者に威張る行政職員。生活困窮者や生活保護受給者に嫌がらせをする福祉事務所職員。生徒に暴言・暴力を振るう教師。患者に無神経な言葉を投げつける医師や看護師。高齢者や障害者を人として尊重しない介護職員……。

 これらも、立場の優位性を背景にしたパワハラと考えることができる。

 近年は、逆方向のものも増えてきた。行政職員に対して乱暴な物言いをする市民。教師や学校にむちゃな内容の抗議をする保護者。企業に過度なクレームをつける消費者。医療機関に対して理不尽な要求をする患者……。

 主権者・納税者・消費者としての権利意識の高まりは良いことであり、正当な権利は堂々と主張すればよい。

 ところが「お客様だから、自分たちのほうがエラいんだ」という優位性の意識を抱くと横暴な言動になるのではないか。これらも一種のパワハラと言えるだろう。

 医療現場の場合、一部の患者による理不尽な要求は、様々なストレスや不安感から生じていることもあり、丁寧に対応を考えるべき場合と、毅然と対処すべき場合を切り分ける必要がある。問題は、患者が権利意識を持つことではなく、「患者という立場の優位性」という間違った意識を持つことではなかろうか。

 〈天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず〉。年齢、性別、社会的地位、経済力などにかかわらず、すべての人間は対等であり、価値に上下はない。その原理をはっきりさせることが、風通しのよい社会をつくる基本だ。

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